夢の国にうなされて
ディズニーランド。ディズニーシー。
皆の憧れ、桃源郷。笑顔の絶えない美しき場所。
そして僕が一番距離を置く場所。
何も尖って言ってるわけでも、リア充がどう、陰キャがどうとかでもない。
だって、僕ほど夢見がちな男はいないはずで。夢だって結構僕のことが好きなはずなのだから。
でもあの日、僕が見たのは悪夢だった────。
まだ小1の頃。両親に連れられてディズニーランドへ行ったことがある。
絶叫マシンが苦手な僕にとって、殆どのアトラクションは意味をなさなかったけれど、
コーヒーカップとメリーゴーランドだけは大好きだったので、いつまでもぐるぐる回っていた。
さすがに三半規管が可哀想になって、僕たち一家はシアタールームに入った。席に座って観るタイプのやつなので、僕でも十二分に楽しめる代物だった。
ブザーとともに溶暗し、イベントが始まる。愛されるために生まれてきたようなキャラクターの頭が見えたところで、突如視界は真っ暗になった。
前の席の女性が立ち上がったのだ。
逆光でその姿は真っ黒けだけど、20代半ばくらいだったと思う。
僕がぽかーんとしている間に
「座ってもらえます?」と母親が呼び掛けた。
すると真っ黒な女性はゆっくり振り向いて、それでもやっぱり真っ黒なまま、
「だって私ちゃんと見たいんだもん」と言った。
…。
しばしの沈黙の後、
「は?ふざけんな!!」と母親が会場の皆に聞こえるように叫んだ。
「くそったれ、頭おかしいんちゃうか?」と父親も怒鳴った。
軽快にジョークを言うキャラクター。
母の「何この女!!やばっ!」の声。
とぼけたBGM。
父の「自分のことしか考えられないのか!金払ってんだぞ!」の声。
暗闇。暗闇。
僕はもう、この暗闇が一生続けばいいと思った。
だって誰もが僕らの顔を覗き込んでいたから。
じわじわと強固なはずの夢の国の表皮にヒビが入って、少しだけ外の腐敗臭が流れ込んできた。
くっせえな、しょうもねえな、みんな一丸となって夢を見るお芝居してるんだから、水を差すんじゃねえよ。
ミッ〇ーが言った。ドナ〇ドは黙って客席を睨みつけて犯人を捜している。
僕は息を殺してすべてが過ぎ去るのを待ち続けた。
きっと両親は僕のためにも怒ってくれていた。だって僕には選択肢がなかったから、せめてここくらいは楽しんでほしいという願いがあったはずだ。
でも、それは有難迷惑だった。
こと夢の国において、正しいのはその女性だった。
脇目も振らずに夢の住人との出会いを独り占めしようとする姿は、正直100点満点だった。
むしろ、その空気を乱して強い言葉や<お金>と言うワードを振りかざした両親は悪でしかなくて、なんかそれは、クリスマスの朝にサンタさんからのプレゼントを喜んでたら「ママもパパも奮発したからね!」と言われたような、そんな気持ち悪さがあった。
僕はもう、夢を見れなくなった。
と言いつつも、
ディズニーにはその後も数回足を運んでいる。
中2の春、男女2:2で行った時は、僕の履いてたスキニーパンツが細すぎて、女子から「無理なんだけど」と小声で言われ続け、何も乗らずに帰った。
高2の夏、クラスメイト6人で行った時は、友達AがBに貸りていたPSPを園内で紛失し、喧嘩になって即解散になった。
大3の春、家族でClub33(=会員制レストラン)に行った時は、開場と共に妹が転んで顎をパックリ割ってしまい、救急車を呼んだ。
―夢の国にカップルで行くと、別れるらしいよ。
そんなジンクスを遥かに凌駕した呪いが僕にはかけられていた。
ディズニーはまだ、怒っている。
夢を壊した僕らに、怒っているのだ。
それからディズニーには行っていない。多分行ったところであらゆるマイナスな事象がこの呪いに結びついてしまうだろう。悪いことが起こる呪いというよりは、呪いのせいにしてしまう呪いだ。
夢に塗れて、愛や勇気や希望に心突き動かされる皆のようにはなれない。そんなあなたみたいに純粋に微睡めない。
誰が悪かったとかはもうどうでもいい、ただ僕は怖かったのだ。
怖いことが起きた場所は、永遠に怖い。当然だ。
これが僕と夢の国との一部始終。なんかモヤモヤするでしょう、心がペイズリー柄になるというか。
こんな話のあとに言うのはミスってるけど、
これを読んでいるあなたには、素敵な夢を見続けてほしい。僕の分も。だってディズニータグとかで行き着いた人もいるでしょうから。あんまりですよね。ごめんなさいね。
夢を見れる人はいつまでも見ていていいんです。恥も外聞も年齢も性別もない。
そのために夢の国はあります。きっとね。
でも、夢を見続けたいなら変なものは持ち込まないように。持ち物検査で引っかかりますから。
刃物や火薬類などの危険物はもちろんいけません。
あと、現実の持ち込みもね。
2022年3月15日深夜 自室にて、ゴミ捨てなきゃと思いながら、春。
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