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僕がベルクを好きな理由

新宿にベルクという喫茶店がある。厳密に言えばカフェなんだかバーなんだかよくわからない店であるが、とにかくコーヒーも酒も食事も何でも一通り揃っている。僕はこの店がめちゃくちゃ好きで、大体月に一度くらいは足を運ぶ。現在、東京の西の端に住んでいるので、新宿までは1時間ほど掛かる。都心に用事がある時ならまだしも、わざわざベルクに行くためだけに都心へ出ることもある。それくらいこの店が好きである。

では、ベルクの何が良いのか。正直この店は、死ぬほど狭いし、最近では珍しい喫煙可能の店なので副流煙がモクモクとしているし、席は大体いつも埋まっている。立ち飲みがデフォルトで、本当に混んでいる時などは店にすら客が収まらず、店舗前の通路で一杯だけビールを飲んでそそくさと帰ることもある。ぶっちゃけ、世間一般で言われるところのいわゆる「居心地の良い店」とはかけ離れているようにも思う。

それでも僕は、この店ほど居心地が良いお店はこの世のどこにもないと思っている(矛盾するようだけど)。止まり木のように羽を休め、自分自身に還ることができる場所。それが僕にとっての新宿ベルクである。何より一番大きいことは「店も客もお互いに過剰に干渉し合わないこと」にあると思う。客は客でどんなに店が混んでようと文句を言うことなくどこかしらに収まって、各々好きに楽しむし、店も店で飲食物を提供すれば後は何もうるさいことは言わない(もちろん、マナー違反などは注意するが)。フードコートや立ち食い蕎麦のような気軽さと、喫茶店としての長時間滞在も可能な居心地の良さ。この二つが奇跡のようにバランス良く共存している。

こうした店がほかにもないかと僕は色々と探したけれども、正直今日まで完全な替わりとなる店は見つからなかった。一人でも気軽に飲めて、クラフトビールがあって、のんびりと時間を潰せて、おまけに安い店。唯一無二の存在がここ新宿ベルクである(そんなお店が新宿という日本一のターミナル駅にあるのも面白い話だけれど)。だからこそ、一見居心地が悪そうに見えるこの店に、今日も多くの人が足繁く通う。僕も通う。

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僕がベルクで過ごす好きな時間は、替わり樽のクラフトビール(日本、海外問わずその時々によって銘柄が変わるので飽きることがない)をちびちびと(昼から!)飲みながら、パラパラと文庫本をめくっている時間だ。普通のビアバーなどだと、文庫本を読んでいると少し浮いてしまうが、ベルクはそもそもカフェなので、ここでは多くの人がのんびり同じように過ごしている。

本を読みながら、時々周りの会話にも耳を傾ける。この店には新宿という立地からか、とにかく多種多様な人間が集まる。バンドマンと思しき若者が打ち上げをしていたり、夜のお店の客と嬢であろう2人が何やらしっぽりと飲んでいたり、美大生と見えるグループが芸術論について熱く語り合っていたり……。ベルクに来るたびに、世の中には本当にいろんな人たちがいるんだなあということを改めて感じる。同じ空間で過ごしていることで、何となく彼らに親近感を覚えたりする。この場所が好きな人間に、悪い人間はいないような気持ちにすらなる。

もちろん、このお店をとやかく言う人も多いのは重々承知しているが、ぶっちゃけ僕にとってはどうでも良いのである。うまい酒とうまい飯とあの空間がある限り、僕はベルクへと通う。そうして、今日もカウンターに向かいながら文庫本をめくり、ほかの客の会話にほくそ笑んだりしながら、ビールをちびちびと飲んでいる。この時間が好きという気持ちには、きっと理由などいらないのである。


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