コミュニケーションが苦手なのはさ

 おはようございます。大学三年間、私はずっと頭の悪い髪色と長くて派手で鋭利な爪と共に生きてきました。それはもはやアイデンティティで、初対面の後輩や授業で同じになった子からは、その強い印象で一発で顔と名前を覚えてもらえます。大人数の授業に欠席すると一瞬でバレます。でも、四年の春なので今はどっちも封印されていて、私はもう何で自分のテンションを上げればいいのか分かりません。

 はのとです。初めまして。


 私ね、今でも鮮烈に覚えているんですけど、三年前、大学一年生のときね、あ、今大学四年生なんですけど、所属する軽音楽部の二つ上の異性の先輩に、「はのとちゃんって、陰キャだよね。」と真顔で言われたことがあります。

 当時の私にとっては非常に衝撃的でショックな一言でした。どちらかと言うと、私は過去十八年間、比較的派手に生きてきたからです。クラスでも、どちらかと言えば、という程度ですが目立つ方で、友だちも、多くはないけどだからと言っていないわけでもなく、それによく喋ってよく笑う子でした。

 コミュ力おばけ、と言われた時期もありました。物怖じせず、誰に対しても突っ込んでいけるところが、私のいいところでもあり悪いところでしたね。いい方向に働くことが圧倒的に多くて運が良かったなと思います。

 とにかく、私は陰キャではなかったはずです。でもね、大学生になって、女子校から解き放たれて男女共学という環境に置かれた私は、すべてのコミュニケーション能力を失いました。


 高校時代はさ、本当に人目を気にせず、自由にやりたいように日々を楽しく過ごしていました。気を遣う相手もいないし、可愛い子ぶる必要もないし、誰にも可愛く見られる必要ないし。媚びる必要ももちろんありませんでした。

 ところがですよ。大学に入るとね、しかも、軽音楽部ってね、圧倒的に男子の方が多いんです。うちの部活は8:2くらいで男子が多くて。

 気取るつもりはまったくないし、可愛い子のフリをするつもりもないし、なんなら早く彼氏欲しいとか思っていたので、異性の中に放り込まれて委縮したときは、自分でも心底意外に思いました。まるで他人事のように、俯瞰的に、「あ、私ってこんなに異性の目が気になるタイプだったんだ。」と考えていました。


 気にする、というよりは、気になる、というのがミソ。気にするのはいいことだと思います。見られていることを自覚して、意識して、自分の身なりとか言葉遣いに気を遣って丁寧にする、みたいなことだと思うから。でも、気になる、っていうのはタチが悪いね。誰も見ていないのにも関わらず、自分が誰よりも自分の振る舞いが気になって仕方がない。過剰にね。

 誰も何も意図していなくても、自分ばっかり考えてしまう。これね、私の場合は異性に対してしか起こりませんが、性別関係なく起こる人にとってはより、深くて深刻な問題だと思いますよ。人と接するって、本当に回避しようのない状況なんですもん。


 今まで女子校で、安全基地でのうのうと生きてきたから、異性という目なんて考えてもみませんでした。中学生の頃はね、比較的異性と仲がよくて、よいと言っても、女の子扱いは一切されていなかったのでポジティブな意味ではないですが、まあとにかく普通に毎日よく喋っていたので、まさかそんな自分が異性を前におののくとは思っていなくて。

 気付いていなかったんですね、自分の振る舞いや外見に自信がないことに。何年間もずっと。私はね、普段から「私って可愛いじゃん?」みたいなキャラで生きてます。高校時代にそういう風に仕立て上げられたからです。大学ではさすがに相手を選んでいますが、マインドは常に「私は可愛い」です。

 でもね、口ではそう言っているし、実際私は可愛いと思います。思っているはずなのに、行動が伴っていない。口で何度もしつこく言っているから、それが知らず内にマインドコントロール的な何かになってしまっていたのかもしれないですね。私は可愛いと、そう思わなくてはいけない、みたいな。違うな、なんて言えばいいんだろう。分からん。

 私は可愛いのに、私に可愛いは似合わない。それが、私が自分に抱いている相反する二つの感情です。そしてたぶん、相反しているように見えて、実際は後者の方の感情しか持っていないんだと思います。自分のことを可愛いだなんて、本当は思えていないんです。

 だから、可愛くない私が話しても、もっと可愛くて元気な子と比べられたら失望されちゃう。そんな意味の分からない考えに至って、結果、考えすぎて上手いこと喋れないんです。斜に構えてしまうというか。



    極論、自分に自信がないから、コミュニケーションが上手に取れないんです。例えば、お洒落で快活な異性に話しかけられたとするでしょ。そしたら私の頭の中は、この子の周りにいるような元気で愛嬌のある子みたいに答えないと失望されちゃう、せっかく話しかけてくれたのに、と気張ってしまって、結局素っ気ない態度をとってしまうというわけです。

    その結果、「はのとってドライだよね」と言われることが増えました。あと、「はのと怖いよ」とか。仲良くなくても言われるんだから相当なのか、冗談なのか。わかんねーな!分かんないけど、傷つきますね。

    でも、どう甘く考えても原因は自分にあるわけで。考えすぎず、友だちと話すみたいに答えればさ、当たり前だけど上手に話せるんですよ。それは分かってる。

    でもそうすることはできなくて、こう、無駄に力入って余計なことを考えて残念な結果になる。嫌だねえ。本当はもっと話したいのに、「あなたなんかに興味ないわ。」みたいないいとこ出のお嬢みたいな態度になっちゃうんです。周りにそういうやついたら私かもしれないですね。


 ドライとか、冷たいとか、あ、同じか。あとなんだ。怖いとかさ、そういうの、高校のときから言われることは多かったです。でもね、今もそうだけど、それは距離の遠い人に言われることばかりで、みんな仲良くなると、「はのとって思ってたより、てか全然怖くないよね。」と言ってくれます。ありがたいことに。

 高校時代は、私はとっても元気いっぱいで遠慮を知らない姫だったので、確かに怖いと思われても仕方なかったと、この年になってようやく反省できています。そりゃあさ、いつも自信満々に仁王立ちしてるようなやつ、頭おかしそうで怖いよな。

 でもね、大学になったら、そうやって自信満々、みたいなことはなくなったわけです。その上で怖いって言われるんだから、それはもう本当の恐怖なんだと思います。漫画とかでさ、暗い子ってホラー的に書かれたり、怖がられたりするじゃないですか。たぶん、それに近いものだと思います。


 こんなに分析できてるんだからさ、少しは改善されたいよね。どう考えても、改善の余地あるよね。でも、これ抱えながら四年生になっちゃったんだよ。改善の余地あるか、、?

 これね、もう一つ面白いことがあって、後輩相手だと一切発揮されないんですよ、この異性フィルター。異性でも、後輩ならぐいぐい話しかけちゃうし、気張ることなく色んな話をできるし、気を抜いて笑ったりできます。例え異性の後輩五人に囲まれても、私は元気にそこにいられると断言できますね。

 これは本当になんでなんだろう。一つ浮かぶのは、後輩が持っている先輩フィルターに依存しているということですね。私のデータによると、後輩って無条件に先輩のこと慕ってくれるんですよ。先輩ってみんな優しい、かっこいい、みたいな。

 たぶん、最初からある程度の距離感があって、先輩後輩という一線を互いに引いているから、安心できる距離感をずっと保っていられるからなんじゃないかと思います。だから、一歩踏み込んで来られるとこっちも一歩退いてしまう。逆に、相手が自分のことを一歩開示してくれたら、私も安心して一歩近づくことができたりもします。


 後輩相手ならこんなに上手にコミュニケーション取れるのにな。思い上がりだけど、後輩たちはこんなすっとこどっこいでも好いて慕ってくれてるし。思い上がりだって分かってるけど!

 だから、ポテンシャルはやっぱりあると思います。信じてます。あとは、どう克服するか。コミュニケーションって言うくらいだから相手がいないと成立しない、と思われがちだけど、たぶんコミュニケーションの問題の原点いるのは、自分。

 これは自分一人の問題だと思います。私の自意識の問題。自分に自信を持つのって本当に難しい。毎日飽きもせずに、「うん、私今日も可愛い」とか言ってるくせに、内心これですもん。天邪鬼にもほどがあるわ。逆か。天邪鬼の逆か。天邪鬼に逆とかあんのか?


 自分に自信をつけるために、とりあえず教育実習を成功させちゃおっかな。大成功を収めちゃおうかな。私ってほら、できる子だから。

 それにほら、可愛いし。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?