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民主主義は、幻想か。

最近、ニュースを聞いては不安になることが多い。

毎日どこかで紛争や戦争が起きている。

それ自体はずっと続いているのだろうが、経済大国と言われる、世界的に影響力のある国々が目に見えるかたちで、行動を起こし始めている。
世界大戦後に合意した国際協力の枠組は、今や風前の灯だ。

ターニングポイントはいつだったのか、毎日ニュースに触れているのに、はっきりとわからない。
ただ、徐々に、でも確実に歯車が狂い始め、遂に表面化したように思う。

明らかに、何かが起きている。
そう感じる。

世界が右傾化していくのを目の当たりにして、ただただ怖くて、その両極にあるような多様性とかSDGsの取組に焦点をあてようと必死になっている。

「国」の考え方は、様々だ。国境などは、所詮、人間が地上に引いた、目に見えない線にすぎない。

太古の昔、大陸は一続きだったと言うし、当時の領土を取り戻すと言う発想に基づけば、どんな侵略でも肯定することになってしまう。 

また、他国と地続きの大陸などでは、今支配している地域を「国」と呼んでいて、領土が増えればそこが「国」になるそうだ。そうすると、国境などというものは常に変動して当然なのだろう。

私は、何の専門家でも解説者でもない。
ただ、浅い知識でも、民主主義がいかに脆く、困難かはわかる気がする。

国民により選ばれた代表者が、様々な意見を調整し反映させながら合意を得るプロセスは、手間と時間が莫大にかかる。多様性の肯定と、意思決定のスピードは相反する。代表者は長くても数年で変わるため、数十年というスパンでの見通しをもって進めるのは難しい。

特に、有事にあっては非常に脆いシステムだと思う。

平和は、概ね100年しか続かない。

何かの本で読んだ。
100 年経つと戦争を実体験した者はほぼいなくなり、平和に対する共通の認識が持てなくなるかららしい。
今年で、太平洋戦争終結77年。あと20年平和は続くだろうか。正直、確信がもてない。

私達が生きているこの時代は、戦争と戦争の合間の束の間の平和なのかもしれない。

民主主義だって、あとになればそんな発想もあったねと笑い飛ばされるのかもしれない。

だけど、どうにかして歴史を繰り返さないよう、できないものなのだろうか。

自分は非力だ。
今からどう頑張ったって、世界を変えるリーダーになれはしないだろう。
だからこそ、変わりゆく現実を前に、為す術もなく立ち尽くし、歯がゆい思いでいる。

20年後、何事もなければ私はまだ生きているるだろう。子供達は成人し、精力的に働いているはずの年齢だ。未来は遠くない。

通勤電車の中では、皆疲れた顔をして、世界の平和なんて関係ないように思える。けれど、私のように、皆心を傷め、何かできないかと忸怩たる思いでいるのではないか。
そう想像する。

だから、日本人ももっと政治について語るとよいのにと思う。家族でも、友人同士でも、恋人同士でも。
世界で起きている悲しい出来事をどう考えるか、どうしていったらいいのか。語って共有することで何かが変わりはしないだろうか。

民主主義は幻想か、そうでないのか。
まだわからない。
けれど、誰も傷つかず、自由に生きることができたらいいのに。それだけはいつも願っている。



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