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服さえ着ていれば

「恋愛がね、できないんじゃないかと思って」

スターバックスの、オレンジ色のひかりの中でつぶやかれた。
一日かけて、何時間も語り合ったあとで、我々はようやくこの話題にたどり着いた。

意図的に、触れないようにしていた話題だった。
なぜだか、言うべきではない、と
不確かなのに強固な警笛が響き続けていた。

言いたいようなことがあったら、言ってくるだろう。
そう思って、何年経っただろうか。

「え、いいじゃん。べつに」
なにも考えずに出てきた、それはもうとびきりの大安売りみたいな言葉だって、嘘じゃなかった。
もう少し、気の利いたことが言えたらよかったのかもしれないけれど。

満たされているのだと思う。
目の前のやさしいひとは。
べつに、恋愛がなくても
満ちている。
そしてわたしを、愛してくれている。
だから、「愛のない人」なんかじゃない。
「足りない人」なんかじゃない。

自慢の友達だ。
誰にだって紹介できる。
わたしもまた、愛している。

ただ、それだけのことだった。

でも、空気がほんの少しだけ厚くなったのは
「よくないこと」の匂いだったと思う。

「恋愛ができていないことが、よくないこと」と
目の前の人は、どこかで思っているのだ。
わたしには、それがわかった。

そんなことないよ、と言いたかった。
でも、男と暮らすわたしの言葉は、薄く途切れていった。

そんなことないよ、といまでも思っている。
わたしは時折、あの夜のことを思い出す。

「よくないこと」の匂いは、時折漂う。
このあいだ「趣味がなくて」と言ったあのひとからも、その匂いがした。
「こんな年でアルバイトなんて」と言ったわたしもきっと、同じ匂いがしていた。

足りないものを数えるのは、簡単だ。
なぜだか、簡単だ。
そこに存在しているものと、存在していないものを数えるのであれば、前者のほうが簡単だと思われるのに
圧倒的に後者だ。

それは、物質以外に限る。ということだろうか。
あのひとは恋愛ができているのに
あのひとは多趣味なのに
あのひとはバリバリと働いているのに

わたしは、できない。

「服をさ、着てなかったらやばいじゃん?」

次に、あの匂いがしたらそう言うつもりだ。
「服着ずに外出たらいけないじゃん」

家の中だったらいいけどさ。
外はだめ。
犯罪。
犯罪だし、誰かに不快な思いをさせる。
そして、愛する人が悲しむ。
悲しむっていうかなんていうか
もう、最低だ。

「じゃあさ、恋愛できないことは?」

服を着てなきゃヤバいけど
恋愛はしなくてもいい

7月25日の夕方
スーパーの入口で取ったメモには、確かにそう書いてあった。
みんなが当たり前に服を着ているのを見て、そう思った。

みんな服を着ているけど
一人のひとも、家族連れみたいなのも、子供も、おじーちゃんも
スーパーには溢れている。

共通点は、みんな人類であること。
カゴに商品を詰めて、お金を払うこと。
あと、服を着ていること。
それだけだった。






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