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もしかして、ハリネズミのお姉さん

最近、花屋に通っている。
週に1度、必ず。

病院の帰り、と決めている。
ナーバスな通院を、「花屋の日」として認識しようと努めた結果だった。

ときどき、週に2度行くこともある。
次は何を買おう、と下見をする。
いつもあるミニブーケは、毎週違う鼻に組み替えられていて、やっぱりかわいい。
ああ、花を買うこと、それだけは揺るぎない幸福と思って生きよう。

花屋には店員さんがだいたいふたりいる。
通院後のげんなりとしたテンションで訪れているので、全員の顔を覚えることはできていない。
もともとスタッフがふたりなのか、3人か4人いて順繰りに回しているのか、よくわからない。

覚えている人が、ふたりいる。

ひとりは、天気の話をしてくれる、笑顔のやさしいお姉さん。
「寒くなりましたねぇ」と声を掛けてくれる。

もうひとりは、職人気質のお姉さん。
あんまり、笑わない。
いつも、真摯な瞳で花を見つめている。
半袖だった季節には、「まだ暑いので、お水をたっぷりあげてください」と声を掛けてくれた。
花を、愛する人だと思う。

今日も、花屋に寄った。
下見は済ませていたし、ミニブーケが可愛いことはわかっていた。

でも、寒くなってきたからか、先週買った花がまだ元気だし、
うーん、買おうかどうしようと迷ったけれど、花瓶にはまだ余裕があるからさ、「今日、花を買って帰るわたし」になりたかった。
だって、今日も痛いのに耐えたし。
「次から治療方法変えるね〜そっちのほうが痛いって言う人もいるんだけど」なんて笑顔で言われちゃって傷ついた心を、花で癒やしたっていいじゃないか。
買おう。
そうだ、買おう。

ミニブーケはいくつかあって、ほんの少しずつ花が違う。
わたしは横から、上から、角度を変えて花を見つめて、お気に入りのひとつを手に取った。
今日は、これ。

ふわふわしたままレジにたどり着いて、お会計をして、お花の栄養剤を受け取る。
笑顔のお姉さんにお金を払っているあいだ、職人気質のお姉さんが梱包してくれている。
ああ、今日も良い気分だ。もう、これだけで嬉しい。
さあ、帰ろうと花を受け取った。


「いつもありがとうございます」


職人気質のお姉さんは、確かにそういった。
わたしは驚いて、ぎゅんと背筋を伸ばしてしまった。

覚えてくれていたんだ。
週に1度、たくさん話すわけじゃないけれど
生まれ育ったのとは違う、この街の、仮暮らしみたいな生活の中で
わたしのことを覚えてくれている人が、ここにいたんだ。
それも、いつも花ばかり見ていたあなたが。

「あ、ありがとうございます」
わたしはいつもよりたくさんお辞儀をして、花屋を後にした。
いつもより、なんだか嬉しかった。

にこにこしながら、歩いてゆく。
心がぽかぽかとあたたかい。
わたしは、この感覚を知っている。ような気がした。

もしかして、と気づいてまた笑ってしまった。

「あつまれどうぶつの森」というゲームは、
無人島を開拓していくんだけど、途中でお洋服屋さんがオープンする。
接客が得意なおしゃべりな妹と、コツコツと服を作るお姉さん
ハリネズミの姉妹。

お姉さんはいつもミシンの前にいて、声をかけると塩対応される。
「ちょっと忙しいんで」みたいな。

これを懲りずに日々声をかけてくれると、「ああ、まつながさんいらっしゃい」と声を掛けてくれるのだ。

そうだ、これだ。
この感覚。

花屋のあなたは、ハリネズミのお姉さんだったんだ。

そう思ったら、また嬉しくなった。
いちばんお気に入りの花屋と、わたしの勝手な物語。

来週花屋に寄ってみたときは、わたしのほうから「いつもありがとうございます」って、言ってみようかな。




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