ライラックの横顔
ポストに、手紙が落ちていた。
ひっくり返してみると、いつもの筆跡だった。
わたしが彼女に手紙を書いたのは12日で、13日に投函している。
返事にしては早すぎる。
最近は、そんなことが続いていた。
「この手紙を書いていたら、あなたからの手紙が届いた」と走り書きされていたこともあった。
わたしたちは近年、手紙の返事を書くのをやめた。
たぶん、先にやめたのはわたしだと思う。
なぜだか、やり取りしている手紙は”返事”でなければならない、と思っていたことを、覚えている。
相手の返事を待ってから、書くべきだ。と信じてこんでいたわたしに対して、
「好きなときに書けばいいじゃん」と言ってくれた友達のことを、いまでも覚えている。
だから最近は、好きなときに書いている。
好きなことを、書いている。
あなたに話したいことを、話したいときに
*
わたしはバラを見に行ったときに、彼女を思い出した。
そのバラが、あまりにも美しく
でも花は送ることができなくて、せめて写真を撮って
お土産屋さんで、ポプリを買った。
これならば遠くの街にも届くだろう、と思って。
写真はポストカードに印刷して、ポプリと一緒に封筒に詰めた。
*
彼女の手紙は、15日に書かれたらしい。
久々に美術館に行ったこと、友達との食事が新鮮だった、と書かれていた。
(楽しかった、という感想より前に、新鮮だった、というのが彼女らしい。と思った)
ポストカードは、おそらく美術館で買われたものだろう。
フェルメールのイラストだった。
「窓辺で手紙を読む女」
なんだか、わたしたちにぴったりだと思った。
*
手紙には、「八重桜とライラックが咲いている美しい場所だった」とも書かれていた。
わたしはいま、ライラックの横顔を見つめている。
このあいだ、花屋で買ったところだった。
たくさんの、それもずいぶんとかわいらしい花たちの中で、わたしは初めてライラックを選んだ。
どうしても、この花を買わずにはいられなかった。
*
わたしたちはいま、遠い街で
フェルメールとライラックを見つめて、バラの香りのただよう部屋で
きっと、あなたのことを思い出している。
※now playing
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