見出し画像

家族のようなひと

実の兄に連絡した。
ひとつ年上の兄は、歩いて30分のところに住んでいる。最寄りは隣駅。
電車に乗っても30分、歩いても30分かかるところだ。
もしかしたら、電車に乗った方が遠回りかもしれない。

兄には、用事があるときにしか連絡しないけど、不仲ではない。
今日も用事があって連絡したところ、「元気そうでよかった」とごくごく普通の返答がきて、安心した。
兄は、ごくごく普通の人なのだ。
自分にはあんまり似ていないと思う。

そんな兄の近況だが、
「リモートワークが継続しているので、最近人と会っていない」と、聞いてもいないのに言ってきた。
誰よりも孤独を愛する孤高の王なのに、めずらしいなと思った。
孤高の王は、うちまでの30分の道のりを、今まで1度も歩いてきてくれたことがないので、
そろそろこちらから、会いにいこうかなあ、と思う。


そのあと、友達から電話がかかってきた。
大学時代の先輩で、
わたしは自分から、会おうとか遊ぼうとかあんまり連絡しないタチなので、
卒業後10年経っても、定期的に顔を合わせている数少ない友人だ。
たまにこうして連絡をくれて、会ったりしている。

仕事が決まった、という報告だった。
報告をしようと電話をしたあと、わたしが無職だったことを思い出したらしく、
「気遣いが足りなかった」と反省したと言っていたけれど、わたしにはそんなこと言わないで欲しい。
そもそも、わたしはあまりまじめに求職していないし
君が「嬉しい」と思ったときに、わざわざ電話をくれるなんて、本当に嬉しい。
自分の興味の持てる職種に決まったと言っていて、本当に最高の報告だった。
わざわざ電話をありがとう。
君と僕の、なんだか似ているところが好きだし、わたしは安心する。


今日は、兄と友人と少し話した、ということを
すべてが終わったあと、同居人に話した。
兄には、そろそろ会いに行ったほうがいいと思うと伝えたら、是非一緒にと言ってくれた。
「うちの家族が世話になるね」とお礼を言い、まあ来月になってもいいけど、一度会いに行こうと約束した。

友達は明日、少しだけうちに寄ってくれることになった。
既に紹介している友人だ。
「友達が世話になるね」とお礼を言ったあと、ハッと気づいた。

「まあ、こいつもわたしにとっては、家族みたいなもんだ」

昔、母の言っていた言葉で、印象深いものがある。
母もわたしや兄と同じく、大学進学時に東京に出てきている。
そのときのサークル(正しい名称は「研究会」)のメンバーとは、
今でも東京で集まったり、LINEグループで話したり、Facebookで近況のやり取りをしている。

「同じ釜の飯を、食ったから」

このセリフを聞いたとき、おそらくわたしはまだ静岡にいて
あんまり意味がよくわからなかった。

それからわたしは東京で、
実の家族……血のつながった、父とか兄とか母とかよりも、
東京で仲間と過ごす時間のほうが増えた。
一緒にごはんを食べて、雑魚寝をして、ゲームをして、当時はまじめにバンドもやって
家族みたいだ、と思った。

家族ってなんだろう。

20歳のわたしは、しごくまじめに悩んだものだ。
血の繋がった、18歳まで同じ家に住んだ家族。
大学時代に入り浸ったあの部屋。
わたしの部屋によく遊びに来てくれた友達たち。

いまならわかる、「同じ釜の飯を食った」
大学時代、ひとつのフライパンをつつきあった仲間
ついつい盛り上がりすぎてしまうゲームに、
とりとめのない話を続ける、お泊まり会やお茶会
あれが、言葉通り「同じ釜の飯を食った」という感覚で
わたしの中で、いまではしっかり根付いている。


友達、親友、連れ、仲間、言い方はたくさんあるし、
大学時代の友達を特別視しているとか、そういうことでは決してないけど
自分の中で、一昔前と思えるような「あの時代」を一緒に過ごしたやつら。
「家族みたいなもんだから」、と。
思い出と魂の一部がまざりあったような、いちいち説明の要らないような、そんなひとたち。

また、たったひとり、血の繋がった兄妹である兄も、わたしにとっては家族だ。

そして、いま現在のわたしの「たったひとりの家族」というならば、同居人を指すのだろう。


いろんな家族がある。
ずっと一緒にいなくても、過ごした時間が増えたり減ったりしても


「家族だから」「家族みたいなもんだから」
わたしはこの言葉を、
今日も大切な人たちに、宛てている。


photo by amano yasuhiro

スタバに行きます。500円以上のサポートで、ご希望の方には郵便でお手紙のお届けも◎