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ちょうどいいコーヒー

喫茶店で、久しぶりにコーヒーを飲んでいる。
そんなことを、このあいだも言った気がするけれど、今日は違う。
わたしだけ、の時間を設けるために来た。
君と飲むコーヒーじゃない。

前職で働いていた頃は、仕事帰りの週に何度かは、コーヒーを飲むようにしていた。
家にいると眠くなってしまうから、外でもうひと頑張りしてから帰ろう、という魂胆だった。

その習慣がようやく根付いた頃に、仕事をクビになってしまった。
今思えば、緊急事態宣言×無職の組み合わせって、家に監禁みたいなものだったのかもしれない。
「自分の仕事がなくなってしまうくらい、世の中で大変なことが起きている」と思ったわたしは、ハローワークに行くとき以外は、電車に乗らなかった。
近所のお気に入りのカフェでも、ときどきテイクアウトをするくらいで、外で座る習慣はほとんどなくなってしまった。

いまでは、家でもけろりと作業できるようになったので、まっすぐ帰るような日々だった。
わたしが無職だったあいだに、世の中の禁煙化はずいぶん進んで、わたしの「コーヒーを飲んで仕事後に座って一服する」の願いは、家でしか叶わなくなった。

いま、わたしはカフェに座ることを、「懐かしい」とも思えず、ふしぎな気分で窓のを戸を見つめている。
煙草を吸えたら違ったのかもしれないけれど、叶わない夢を追ったって仕方がないし、「禁煙」とわかっているならば、そんなに吸いたくもならないような気もする。

ただ、このコーヒーの味だけは、
それだけは、妙に懐かしく思う。

それは、至極「ちょうどいい」味だった。
わたしはこのコーヒーに、美味しさを求めない。
おいしいコーヒーはご褒美に飲むやつで、いつも飲んではいけない。
これは、座って一服するだけのコーヒーの味。
お店によっては妙に薄くて、妙に濃いときも、酸味がきついときもある。
なんていうか、ぶっきらぼうな感じがする。
これでいいんでしょ?みたいな。
あんまり深くを追求されない味。
ただただ、コーヒー味。

コーヒーはブラックか、ミルクて飲む。
家では濃いコーヒーに、牛乳を入れるのが好き。
ひとりで飲むときは、ポーションミルクをひとつだけ落とすことが多い。
わたしは、スプーンもお皿も受け取らず、カップとミルクだけを持って席に着く。
そして、くるくると落下するミルクを、しばらく見つめるこの時間だけは、いまでも好きだなあと思う。

まあ、結局どちらでもよかったかもしれないね。
というのが、いまのわたしの結論だ。
家でも、どこのコーヒー屋さんでも
仕事帰り、定期圏内で寄れるコーヒー屋マップを自分の中で作って、「今日はどこへいこうかな?」なんて考えていたわたしは、もう遠い昔の記憶となった。
どこでも書けるようになった、という表現をすれば、ずいぶんすてきなような、そんな錯覚に陥ることもできる。

ああ、でもできれば
あなたを、コーヒー屋さんで待てたりしたらすてきだな。
はやく、大手を振って、そういうふうに過ごしたいな。
「家でいいなら、家でやろう」なんて何かに気遣わず、「どっちでもいいなら、今日はコーヒー飲んじゃおう」って、そういうふうに過ごせたらいいな。

わたしは、ここで煙草を吸っていた過去に想いを馳せながら、未来への希望を夢見る。
明滅する車の光は、どっち向きに走っていても、行き先は未来だということを、わたしは知っている。

それでも、真実は、いまは
折り畳み式の薄いキーボード触れている、この感覚だけが、すべてなんだ。
過去は過去、未来は未来にしかない。
わたしはそんな当たり前のことを噛み締めて、コーヒー味と一緒に、ごくりと飲み干した。




※このあいだ友達とコーヒーを飲んだときのはなし




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