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すこやかな背中

今日はなんだか、眠たかった。

寝起きのエスカップで「大丈夫」と思えたけど、午前中はやっぱり眠かった。
会社の昼休みでたくさん寝てみたら、午後はやっぱり大丈夫な気がしてきた。

それなのに友達の部屋に着いても、なんだか眠たくて不思議だった。
何かを少し動いて、「大丈夫」と思って、でも机に突っ伏するのを繰り返していた。

ばんごはんを食べたら、もう動けない。
テレビから「カリオストロの城」が流れているのを横目で見ながら、わたしはテーブルにへばりつく。
もうダメだ、と思ってソファーに横になったら眠ってしまっていた。
ルパンが偽物の指輪を返して、怪我だらけのところを救出されたところまでは覚えている。

「一度見た映画を見ながら、ごろごろするのは最高だね」と話していた気がする。
「最高の贅沢だね」と、友達も言った。
「もう少しごろごろしたら、頑張れる気がする」
だって今日はケーキがあるから。
そんなふうに自分を励ましたあと、いや違うとつぶやいた。
「そうだ、頑張らなくても良いんだった」

食べ残したピザを、ラップに包んで冷凍したいと思っていた。
使っていたお皿も洗ってしまいたい、と思っていた。
雑誌を縛ろうとビニール紐を手に取ったところでピザが届いたから、部屋の隅に積んだままだった。
そのへんをぜんぶ片付けたら、ケーキを食べようと思っていた。
あとひとふんばり、と励ましながらも、わたしはソファーに沈んでいった。

「そうだよ。好きにしていんだよ」
友達は、当たり前のように、ほがらかに言った。
「ここでは、自由だよ」
そう言われながら、わたしは眠りについたんだった。

目が覚めたときには、「カリオストロの城」は終わっていた。
最後のシーンが見れなくてちょっと残念だったけど、悪くない目覚めだった。
煙草を一本だけ吸って、キッチンに向かってピザを包んでゆく。

ふとテーブルのほうを見ると、友達の背中が見えた。
彼女が「部活みたい」と称していたゲームの画面が、ちらりと見える。

わたしは、その背中が好きだな、と思った。

彼女がゲームをたのしみながら、彼女なりにまじめに、一生懸命やっていることを知っていた。
その、すこやかな感じが、わたしはとても好きだった。
人生で純粋に「たのしい」と思えることが、いったいいくつあるだろう。
おとなになったわたしたちは、むかしよりもずっと「たのしい」を掻き集めている。

同じテーブルに座って、彼女は仕事をしているときもある。
「がんばってるなあ」と思って、その横顔や背中を、わたしは見つめていたりもする。

ああでも、どっちでもいいんだ。と思ったら、なんだそういうことか、と妙に納得してしまった。

このひとがすこやかさを保っているならば、仕事をしていてもゲームをしていても、どちらも背中でも良かった。
もちろん、仕事は大変で、ゲームはたのしいのだろうけど、どちらも一生懸命取り組んでいる。
そんな姿を見るのが、わたしは好きだった。
いつでもあたたかい、自由なこの部屋で。

だからきっと、わたしが眠っていようが起きていようが、彼女にとってはどちらもいいんだと思う。
なんだかそんな気がした。
「人の気配を感じながら、うとうとと眠る」ということの幸福さを、わたしたちは知っている。
話をしていなくても、同じ方向を向いてなくても
「あなたがいいなら、それでいい」と、わたしたちは幾度となく言い合ったではないか。


わたしは今日もこの部屋で、深く呼吸をする。
人生はまだまだおもしろくて、このあいだ買った指輪はやっぱりかわいくて、ケーキがおいしいことを確認する。
ただ、それだけの、なんでもない日々が
わたしを今日も、守ってくれている。

ありがとう、今日は夢を見ずに眠れたよ。



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