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思い出にしか、励まされなくても

「ねえ、今日暑くない?」
 今まさに、ヒートテックの上にスウェットを羽織ろうとしている男に、声をかける。
 今日は、Tシャツ一枚でいいんじゃない?
 少なくともわたしはそれで、家を出るつもり。

 男は「そんなに暑い?」と訝しげではありながらもスウェットを脱ぎ、窓を開けた。
「ほんとだ……」と驚き顔で戻ってくる。
 なんだよそれ。地球初めての渡航者か。

「あれだね」
 わたしは深く頷いた。
「KYだね」

 この世には、みっつのKYがあるらしい。
 空気読めない
 漢字読めない
 そして、季節読めない。

 昔、そんなことを言っていた人がいて、一緒に笑った記憶は、今でも昨日のように思い出せる。多分、町田のACTで。

 季節を読むことは、実際に難しい。
 みんながコートを脱ぎ捨てた日に、自分だけ羽織ってしまったコートの気恥ずかしさだとか。みんなが傘を持っているのに、自分だけ雨に打たれているとか。なんだかそんなことばっかりで
 惨めで、情けなくて
 何より、他人と自分を比べてばかりの思考に、うんざりする。

「今日もやっちまったな〜、KYだな!」
 わたしは今も、できるだけ笑おうと思っている。
 何にでも落ち込める人生ならば、何に笑ったっていいと思う。
 どうせ疲れるなら、落ち込んで疲れるよりも、笑って疲れたい。
 あたたかい記憶を抱きしめて眠りたい。
 目の前の困難から、時には目を背けて笑いたい。

 人生が、思い出にしか励まされなくなったとしても。
 わたしは今を生きて、あなたのくれたバカバカしさを抱えて、次に伝えて、
 そういうことでいいのだと思う。

 だからわたしは今日も、書くことをやめない。



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