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ある夜のふたり

「あ!」

叫んだのと同時に、カン、カツーーンと乾いた音が弾けた。
「やっちゃった……」

ピアスを落とした。
それも、いちばんなくしてはいけないピアスだった。

セカンドピアス、と呼ばれるそれを、わたしは後生大事につけている。
病院でつけてもらったファーストピアスを2ヶ月間死守したあと、
セカンドピアス、と呼ばれるポストが長く、太いピアスをつけることで、ピアス穴を安定させる。
セカンドピアスは、1ヶ月程度つけっぱなしにすることが望ましい。
という代物ではあるのだけれど、「もう二度と、ピアスを開ける苦しみを味わいたくない」と思うわたしは、
穴が塞がらないよう、セカンドピアスをつけっぱなしにしている。
お風呂のときも、寝るときも。

今日は友達に会っていたので、お気に入りのピアスをしていた。
夜、セカンドピアスに戻そうとしたときに、落としてしまったのだ。
よりによってセカンドピアス、
よりによって、替えのあるキャッチじゃなくて、本体のほう。
手持ちのピアスの中で、セカンドピアスがいちばんシンプルで、小さい。
落としたら最後、部屋の中で見つけるのは困難だった。

慌ててピアスを探す。
自分の立っていたまわり。
本棚の下が怪しいので、照らしながらくまなく探した。
その隣の引き出しの下も怪しいけれど、見える部分は少なく、ほとんど見えずに見つからなかった。
そしてこの、引き出しを動かそうなんていう根性はなかった。

やってしまった。
という気持ちもそこそこに、「まあ仕方ない」と思い、同じものをもうひとつ買おう、と思って調べることにした。
「ピアスをしなかったら、穴がふさがった」なんてことは、絶対に避けたい。
無職だけど、お金で解決しよう。
ああもう、次は何色にしようかな。
これ、ピンクだって言われて買ったけど、くすんだグレイみたいな色だったから、次はもっと派手な色にしてやろう。

そこまで調べ終えたところで、キッチンでの作業が一段落した同居人が「探そうか?」と声をかけてくれた。
見つからないと思うけど、だってあんな数センチの小さい棒だし。
でも、一応お願いしてみた。


「あったよ」

ほんの数十秒だった。
「えっ??? どこにあったの???」
「とりあえず、水できれいに洗うから」
待て、と言われた。
そのあいだも、にやにや笑っていて教えてくれない。

水で洗われたそれは、確かにわたしのピアスだった。
「で、どこにあったの?」
「本棚で落としたって言ったから、ハンガーラックの下だと思って」

確かに、本棚の右横にはハンガーラックがある。
ずぼらなわたしは、下段にロングスカートをいくつも引っ掛けて、床についてしまっている。
その、スカートを持ち上げたところ、すぐに出てきたというのだ。



ピアスが出てきた安心感や、
新しいものを買わなくてよくなってしまった安心感
または、新しいものを買えなくなってしまった残念な気持ちよりも
「ああ、どうして人生ってこうなのかな」と思う。

どうして、こういうことの繰り返しなのだろう。
こういうことって
自分がいくら探しても見つからないものを、他人はすんなり見つけてしまう。
そういうことだ。

自分の当たり前が、誰かにとって価値のあることだったり、
自分が3時間かけてできるようなことを、誰かは30分でやってのける
そういうことの繰り返しだ。

いとおしいなあ、と思う。
わたしは確かにまぬけだったけど、そういうことじゃなくて
わたしと他人が違うことって、なんでこんなにすてきな気持ちにさせるんだろう。

むかしは、誰かを羨むばっかりだった。
同じ感情を持てないことや、持ってもらえないことが寂しかった。

でもいまは、こんなにもいとおしい。
「当然、本棚の下を見る」わたしと
「当然、ハンガーラックの下を見る」同居人
同じ事象なのに、違う解決方法を提案するふたり。

毎日いっしょに暮らしたって、同じ人間には離れない。
その、当たり前さを、わたしはなんだかうれしいく思う。




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