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花が枯れても

今月のわたしは、エッセイのボツ率が高い。

一応「毎日」という”テイ”で更新しているので、普段はあまりボツにしない。
そんなにまじめに向き合いすぎていたら、毎日なんて書けない。(わたしの場合は)
言葉を垂れ流すように綴りながら、自分が掲げる「理想のライン」を割らないよう、それだけを努める。
時折、ラインを割ることすらおもしろいと思ってしまう。

今月は、覚えている限り3本は未公開のものがある。

ひとつは、途中まで書いて着地点がわからなくなったもの。
ずっと書きたかった、美容師さんのはなしだった。
美容師さんって不思議だよね。
ある意味、わたし以上にわたしの見た目に気を使って、美容院を出る頃には「かわいい」と言ってくれる稀有なひと。
そういう話を書きたかったけれど、どこへも行けなくなってしまった。

ふたつは最後まで書いた。
公開しようとも思った。
でも時間をおいたら、ダメになってしまった。
ひとつは、書かなくてもいいことを書きすぎて自己中心的になってしまい
もうひとつは、誰かを傷つけてしまう内容の気がしてしまって、
「ダメになってしまった」
この言葉が、しっくりくる。

ダメになってしまった
終わった恋
枯れた花
あんなに美しいと思っていたのに。

わたしは毎日垂れ流すように書いているけれど、
理想のラインを割らないことと
書かなくてもいいことを書きすぎないことと
誰かを傷つけないことを、大切にしているのだと思う。

後者のふたつはだいたい同じになってしまうことがあって
書かなくてもいいことを書きすぎると、誰かを傷つけてしまう。

何を失っても、傷ついても、うまくできないけれど
大切なものは、大切なままでいい。

書けなくても、書けないことに唇を噛んでも
それでも、それでも

彷徨うように書くのだ。
誰かと違ってしまっても
もっと簡単なやり方があっても
わたしはきっと、そうなのだ。


※now playing



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