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【メンバーシップ】「ありのままで生きる」のがいいとも限らない

これまでの記事で、さんざん、「ありのままの自分を一旦受け止めよう」という内容を書いてきたので、矛盾しそうな感じですが、そうでもありません。

まだ、自分でも完全に筋が通っている訳ではないのですが、メンバーシップ記事なので、書きつつ、考えつつ、言語化していきますので、「ほんと?」と思った方は、ぜひぜひ、コメント欄へどうぞ。

事の発端は、為末さんのVoicyでした。

そう、あの元陸上選手の為末さん。いつも「なるほどなぁ!」と深い学びがあるのですが、そんな音声配信の中で「現実は正しい」という話をされていました。

めちゃくちゃざっくりまとめると、

「現実は不平等である。ただ、それは現実であり、もう変えられないのであれば、それはどんな望ましいものでなくても現実なんだ。」

とおっしゃっていたと僕は感じました。

しかし、為末さんはそんな現実に絶望するのではなく、「じゃあ、どうするの?」と1日に10回くらい自分に問い返しているというのです。

大切なのは、「うまくいかない現実に打ちひしがれて立ち止まるのではなく、とにかくできることをやろう!」ということだと解釈しました。

この為末さんの考え方は、今の僕の置かれている状況に突き刺さりまくりました。

学校という場所で考えると、僕には理想とする「学級」があります。ただ、そこにはたどり着いていない。その理由は、「自分の理想を子どもたちに伝えきれていない」という部分にあるということはずっと分かっているのです。

分かっていながら伝えきれない理由は、僕の「理想」が、子どもたちの「居心地のよい場所か?」と問われたら、そうだ!と言える自信がまだないのです。

そんな、中途半端な思いをずっと抱えつつ、「子どもたちにいい先生だって思われたいだけで本質から逸れているのかなぁ。」なんて悶々としていました。

しかし、そんな僕の悩みなんてどうでもよくて、為末さん的に言えば、「理想はどうあれ現実が正しい」のです。

現実、僕自身が理想とするクラスではないにしろ、子どもたちは毎日楽しそうに学校へ登校してくれる。それは、受け止めないとなとも思う。

ただ、やっぱり、「逃げているのかなぁ。」とも思う。という反芻思考一歩手前にきたとき、ふとある本を読み返したのです。

それが、「#ハーバードの人生が変わる東洋哲学」という本。以前読んだ時にはさらっと読み飛ばしていたのですが、今回は、新たな気づきがありました。

そんな話が題名につながってくるのです。

▼「ありのままで生きる」のがいいとは限らない

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