ホラー短編「田舎」
わたしは田舎を憎んでいる。いや、畏れているのか。
田舎というのは、わたしが小学校3年から高校までを過ごした日本海に面した町。小学校2年までは、東京と横浜にいた。
田舎に引越し、わたしの家族は時間をかけて崩壊していった。当時、母は「ここに引っ越してからすべてがおかしくなった」と言ったが、実際にそうなのかもしれない。田舎の価値観に合わない人間はたしかに存在する。わたしがそうだし、田舎出身であるはずの母もそうだった。
小学校中学年の中途半端なタイミングで都会から田舎に引越したので、自分を取り巻く価値観やシステム、いわばゲームのルールが転換した境目をよく覚えている。
驚いたのは、転校前は天才であるかのように評価されていた絵や図工がまったく評価されなくなったこと(低評価というよりは無関心が正しい)。わたしは自信をなくし、絵に対する興味もなくしていった。
評価がこれだけ違う理由は、今考えてもよくわからない。ひとつ言えるとすれば、わたしの感性が田舎では響かなかったということ。
わたしから田舎に向けたコミュニケーションは否定された。
田舎からわたしに向けられたコミュニケーションはこうだった。
夏から秋に変わる衣替えの日。わたしは半ズボンから長ズボンにはき替えた。公式なルールだし、半ズボンなんて格好いいものではない。ところが、登校すると長ズボンの生徒は誰もいなかった。わたしは下校中に石を投げられた。それが田舎からのメッセージだった。
周りに従え。意味など考えるな。
わたしはそれから真冬でも半ズボンをはき続けることになる。
雪国なので、冬の季節は雪の日が多かった。
決して理由を考えてはいけない。
中学では男子生徒は頭を坊主にしなくてはいけない。
わたしは本当に悲しかった。
決して理由を考えてはいけない。
あの日のバリカンでわたしの中の何かが消えた気がする。
また、中学では斜め掛けの白い布地のカバンが支給される。そして、これを適度に潰さなければならないという、生徒たちの不文律がある。完全に潰すことができるのは周囲から認められた不良の証。まったく潰さないのはイジメにあうくらいの弱者の証。その間にいる人間は、自分の立場を敏感に感じ取ってちょうどいいくらいに潰さなければならない。その塩梅を読み違えると、
田舎から裁かれる。
わたしはビクビクしながら、日々、潰し加減を調整した。わたしはそのころには、私服で何を着ればいいのかわからなくなっていた。何を着れば田舎から裁かれないのか。
さらに時が経ち、自分の好きなものもわからなくなっていた。どういう異性が好きなのかもわからなかった。何が好きなら、田舎から裁かれないだろうか。誰も教えてくれない。田舎は何も語らない。
だけど、裁きは確実に下される。
わたしは発狂し、母は狂い、弟は壊れた。
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