#beat1 仕事が暇すぎて職場に猥褻画像が現れました
これは草食系ブラック企業(職場)のリアルなドキュメンタリーだ。草食系ブラックは社員の能力・やる気・成長機会を根こそぎ奪い、廃人同然にしてしまう。まるでこの世の果てのような理外の空間には、様々な怪現象が現れる。
【登場人物】ひろし:部長、仕事をしない。たつお:課長、仕事をしない。のぞみ:中堅社員、以下同文。トシ:中堅社員、以下同文。
Interview with クレイジーバード
《ギター》のぞみ。「仕事があまりにも暇なので、ギターを溺愛するようになりました」
《ドラム》トシ。「仕事があまりにも暇なので、やたらリズム感が身につきました」
《ベース》たつお。「仕事があまりにも暇なので、兄が憑依するようになりました」
《パフォーマー》ひろし。「工数がぜんぜん足りねえよ」
◇ ◇ ◇
ここは都内二十三区の埼玉寄り。従業員千人以上を抱える、地元では多少名の知れた企業――の末端。いくつかの棟から構成された本社の敷地――から道路を一本挟んで徒歩四分のところにある、二階建ての小さな建物。
子会社というわけではなく、本社の一部であることに間違いはない。その住所には、本社の敷地と別の町名がつく。
社員の多くから忘れられてしまったような、控えめな建物の二階。さらに二階の入り口から斜めに見て、もっとも距離をとったところにある隅の部署。その位置が示すものは、物理的な距離だけではない。
トシの座席は、彼の部署――部署といっても、メンバーは四名しかいない――のシマのちょうど「入り口」のような場所にある。このフロアにいる社員が、通称〈業推〉の場所に視線を向けたとき、まず目に入るのはトシの背中だ。
トシのデスクから見て、左側には、背丈の不揃いなキャビネット類が並び、その端には、背丈のあるロッカーが置かれている。言ってしまえば、それらはパーティションであり、目隠しでしかない。
キャビネットの中のファイル類は、もはや誰も目を通すことがなく、なぜそこにあるのか分からない謎のロッカーは、業推の長である部長ひろしが、個人的に使用している。
業推は、フロアの角に位置するため、もともと二面が壁。そこに、仕事用途のものに見せかけたパーティションが一列加われば――、
コの字型。
コの字型の壁が、業推の存在を限りなく覆い隠す。
トシは、現在の座席配置を不満に思っている。トシだけが他の部署のあるスペースに向けて、完全に背中を向ける形になっているからだ。これではさすがに、傍若無人にインターネットを楽しむわけにはいかない。
先日もグーグル先生に、暇にまかせて猥褻な単語を打っていたところ、ご丁寧にもその局部が実写の画像で現われてしまい、処理するのに苦労した。
トシの後ろには、打ち合わせ用の小さなテーブルを挟んで、経理の一団が控えている。経理の二列の机が、フロアの端から端まで伸びる。
ノーガード戦法――トシと、その同僚であるのぞみは、トシの状況をそのように呼んでいる。トシのPC画面は、経理の社員の位置から、完璧な角度で晒されている。
もちろん、彼ら彼女らが、トシの画面にいつも興味があるわけではないだろう。距離も三メートルは離れている。だが、見ようと思えば、いつでも見れる。
思いがけない画像の出現に、トシは冷や汗が出た。
素早く、局部画像を他のウインドウの背後に隠す。左手の親指で「Altキー」を押さえつつ、同じ手の中指で「Tabキー」を叩く。ウィンドウズPCの小技である。慣れた動作。すでに反射。コンマ一秒の作業。
トシがもっとも警戒するのは、トシの画面から十五度くらいの角度にいる、年配の独身女性。潔癖そうな気配がバリバリしている。
この画像、エグすぎる……。
緊張感のない会社生活が続いているためか、状況への対応力が低下したトシの頭では、電源ボタンの長押しによる強制終了には思いいたらない。
トシは試行錯誤した。――が、猥褻な画像のあるウインドウを落とそうとすると、どうしてもその画像を、いったん前に出さなければならない。
クリック。猥褻物が前に現われる。コンマ一秒、後ろへやる。
前へ、後ろへ、前へ、後ろへ。
問題のウインドウを終了させるまで、実際には、一秒そこらの作業であろう。だが、世間で言う一般的な職場の空気に対して、あまりに不釣合いな生々しい画像を前に、トシにはそれが悠久の時間のように感じられた。
PCのモニターを、なんとか背中でカバーしようとするあまり、トシはどう考えても不自然な体勢になってきている。
視線が集まってしまう前にケリをつけなければ――。
トシはふと、ウインドウのタイトルバーが、画面の一番下に並んでいることに気づく。
ここを右クリックして、そこに現われる終了ボタンを押してみてはどうだろう。後を濁さず消えてくれるような気もする。ここまでに思いついた最善の案だ。トシは意を決し、実行する。
右クリックの瞬間に、猥褻画像が前に出た。
やはり! 無傷ではいられないということか。
トシは、すかさず終了ボタンを押した。ウインドウがなかなか落ちない。他にもあまりにも多くウインドウを立ち上げ過ぎていたためだ。まずい! 胸をさらに画面へと近づける。
少しして、ウィンドウが落ちたことを確認した。平静を装い、後ろの様子を振り返る。
問題の年配女性、そして他の社員に、動揺した様子は見られない。
こいつら、本当に見ていないだろうな。
トシは疑いを拭いきれない。
(続く)
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