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#beat4 仕事が暇すぎて未来の社内報が出現しました

これは草食系ブラック企業(職場)のリアルなドキュメンタリーだ。草食系ブラックは社員の能力・やる気・成長機会を根こそぎ奪い、廃人同然にしてしまう。まるでこの世の果てのような理外の空間には、様々な怪現象が現れる。
【登場人物】ひろし:部長、仕事をしない。たつお:課長、仕事をしない。のぞみ:中堅社員、以下同文。トシ:中堅社員、以下同文。

◇ ◇ ◇
なにもない。
なにもしなくていい。
部長ひろしは長い会社生活の果てに、ついに自ら思い描いていた理想郷を築き上げた。

だが、ひろしの予想に反して、その理想郷は、本人にとっても意外としんどいようだった。部下からも、他の部署の人間からも、誰からも相手にされない。仕事が何もないのだから、相手をしてくれる人がいなければ、本当に何もすることがない。

トシがノーガードに追いやられた社内のレイアウト変更。あれは、ひろしにとっても痛かった。〈業推〉は元々広めの会議室だった場所を利用した密室のような空間にいたのだが、今では、他部署の目がある。耳がある。

現在、会社は業績不振で、リストラのうわさがある。与太話をすることができない! 彼から与太をとれば、後には何も残らない。
業推に仕事はない。だが俺は忙しい。俺は仕事をしているんだ。ひろしのなかで、認知の歪曲機能が、今、最大限に働く。
なにはともあれ、ひろしはここで机にしがみついていなければならないのだった。

認知の歪み――はっきり言ってしまうなら――自業自得の痴呆は、加速していった。この頃では、仕事をしている演技も放棄しがちになり、天井を見つめている時間が長くなった。ひろしが怪しい咳を連発し、いくらかまってとアピールをしたところで、彼が席にいる限り、他の三人は一切の言葉を発しない。
時折、思い出したようにキーボードを叩き出す。やたら音が大きい。
ガチャガチャ耳障りな音の合間には、怪鳥の鳴き声だけが、「うえ」「うあ」と虚しく響く。
 
j.yabuki《いま何してるの?》
h.nozomi《昼飯のメニューみてます》
j.yabuki《それは有意義な時間の過ごし方ですな》
h.nozomi《もう一時間くらいみてます》

怪鳥ひろしとの死闘――人間業とは思えないその戦いぶりから、後に妖怪戦争と呼ばれる――にて大敗を喫したトシとのぞむ。彼らの敵は、いまや怪鳥だけではない。圧倒的な時間の塊だ。

h.nozomi《たつおが寝だしました》
j.yabuki《マジで。午前中からか。意識とばすのは卑怯だよ》

何もすることのない八時間を眠って過ごせるのなら、どんなに素晴らしいか。
視界の隅で、怪鳥は落ち着きがなく、いちいち耳障りな音をたる。のぞむが苛立っているのが分かる。課長のたつおは、この状況を達観し、ひたすら安らかに眠る。
トシはため息をつく。そして思うのだった。
それにしても……、やることねえ。
ひまんちゅ。

◇ ◇ ◇
皆さま、あまりにも刺激がなくて、記事から離脱しそうになっているのではないだろうか。わたしは12月に起きる奇跡について早くお話したいと思っている。だが、いくらこの4人がぐだぐだの極みだとはいえ、物語には順序というものがある。せめて会社の社内報を12月から遡る形でお見せしたいと思う。

社内報十二月号
《早いものですね、今年も残すところあとひと月となりました。
――十二月三十日、ペンタ・オフィシャルバンドのフィッシャーズが、「大人のバンド賞」の決勝に出演します! その模様はFUJIIテレビにて、生中継されることになっています(出演時間は、午後二時二十分を予定)。なお、フィッシャーズは予選から曲目に変更があるようです。リーダー高須部長の秘策でしょうか? まだまだ目が離せません。
社員の皆様の熱い応援よろしくお願いします!
*当社の社員が、決勝戦で別のバンドから出演するようです。ご健闘をお祈りします》

◇ ◇ ◇
株式会社ペンタ。ペンタが作る製品は電子機器メーカーなどの生産ラインに組み込まれて使用される。よほど業界に通じてない限り、多くの人にとって馴染みがないものばかり。
が、この会社、売上の比率こそ小さいものの、オリジナルブランドのオーディオを製造している。彼らの持つ技術のなかに、オーディオのコア技術に応用できるものがあるためだ。

j.yabuki《暑いですね》
h.nozomi《暑いですね》

大きな家電店のみで取り扱われており、その独自性から、マニア向けのオーディオに位置づけられている。各種音楽雑誌には、毎月、広告が掲載される。会社の規模のわりにペンタの知名度が高いのはこのためだ。

j.yabuki《この会社ってなにしてんだっけ?》
h.nozomi《バカを育ててます》

会社の戦略としても自社のPRのため、事業全体から見れば10%にも満たないはずのオーディオ事業を、外に向けて過剰にプッシュしている向きがある。近年は特にその傾向が顕著。

「音楽」「サウンド」「音の追求」
ホームページにそういったワードをぶら下げている。
宣伝効果は驚くほどある。特にリクルート。音楽を好きでない若者を探すことは難しく、多くの者は、「音楽が好きで」「楽器をやっていて」など異口同音の志望動機を挙げて応募してくる。

h.nozomi《メタリカの動画みてる、なう》
j.yabuki《音なしで楽しいの?》
h.nozomu《楽しいかと言われれば、楽しくないよ》
j.yabuki《ごめん……》

しばらく新卒採用を控えていた時期もあるが、ここ三、四年に限れば、人材を確保することに苦労していない。少し前であれば決して応募してこないような、優秀な人材を採れることもある。
ただし、会社の入り口がいくら魅力的でも、事業構成上、多くの者はオーディオ事業ではない職場、つまり音楽とはまったく関係のない職場に配属されることになるのだが。

j.yabuki《怪鳥が、はあはあ、うるさいです》
h.nozomu《変態か!》

基本的には、昔ながらの古い体質を持つ会社である。管理職の社員はよくも悪くも前例踏襲主義。個よりも和を重んじる。その下の世代は、氷河期を飛ばし、その多くが「音楽」の持つ華やかな響きに惹かれてやってきた生きのいい二十代。彼らは垢抜けている。上下の世代は、年齢的にも人年的にも乖離しており、会社内部に多少の軋轢が生じることは想像に難くない。

j.yabuki《誰だ、こいつ管理職にしたの?》
h.nozomu《とんでもねえ怪物おしつけやがって》

会社としてもそういった状況を問題視しており、職場のコミュニケーションを盛んに推奨している。数年前、当時の社長から社内の音楽イベントに力を入れる方針が打ち出された。
「音楽」を前面に出す。音楽それ自体が人をまとめる力があるのに加え、社員は世代を問わず、音楽好き、楽器経験者が多い。

h.nozomi《ひますぎてげんかい……》
j.yabuki《おれも。バタっ》

一昨年、福利厚生施設として、本社の敷地内に音楽スタジオがつくられた。音楽系のサークル活動にも補助金が出る。イベント時にはステージとして使用できるよう、食堂が改装された。会社としてもますます力を入れる方向だ。
 
j.yabuki《つーか、怪鳥すげえな。ハリボテみたいだ。なにもしないの天才だよ。あんな怪物に敗れるのなら本望さ。本当にバタっ》

ペンタには、ベテランでも新世代でもない、マイナーな世代がある。そこだけがぽっかり空いていたため、数年前、中途採用にてささやかな補強を行った。トシとのぞみは、その中途社員であった。

【作者コメント】
音楽の話に、少しずつ転換しようとしております。もう少しでイメージ画像の子が登場。敵か? 味方か? 今しばらくご辛抱を!

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