見出し画像

TRUE LOVE(#song23 待機のガール)

旅程二日目――天橋立 3

景色はまっくらで、楽しくない。
わたしたちは場所を移動している。海岸沿いの道路の脇に、車が何台か停まれるスペースがあって、ダルシムのスポーティーな車は、そこに停まった。
そばの石碑には、「奈具海岸」と書かれてある。海面よりずっと高いところにある場所だ。ここに来たのは、おそらく、夏子の意思が大きく作用しているはず。
周辺マップのなかで、「海岸」と名のつくのはここだけだった。プラスポから話を聞く限り、千里ヶ浜の夕日のシーンは、夏子にとって、大きな意味を持っているはず。
だけどイメージとは、ずいぶん違ったんじゃないかな。それに今は真っ暗だから、何も見えないよ。

わたしの話し相手は、まだ眠っている。退屈で仕方ない。こやつは女子の前で気絶したのだ。情けない。
わたしはメンタルが強くて頼りがいのある男が好きなので、この人の株は暴落気味だ。
……でもまあ、そんな男、めったにいないんだけどね。
 
わたしも最初はだまされた。調子のいいことを言っている奴は、いざというとき逃げる。何回か引っかかってしまったので、断言できる。なお、筋肉質かどうかは関係ない。だって折れるのは、骨ではなくて、心だから。
強いというのは精神的なものだ。かといって、アタマのいい奴が強いわけではない。彼らは考え過ぎて、風もないのに勝手にポッキリいってしまう。東大出ともつき合ったし、医者ともつき合ったから、そう言える。

ちなみに、人間、歳をとれば、強くなるのかというと、そんなことはまったくない。二十歳上、三十歳上の男とつき合ったことがあるので、たしかな情報だ。
当てはめるとプラスポは、勝手にぽっきり系かな。
だとしても、賢くはないだろう。
ここ天橋立に着いたときだって、天橋立って結局なんだ? とか言い出して、二時間でつきとめなきゃな、とか、真顔で言うのだ。完全にアホだろう。
周りに男はたくさんいたけれど、こんなのはいなかった。

では、なぜこんな珍種に出会ってしまったのか。それは世界がねじれたから――ではなくて、わたしが面白そうだったから、ついてきたのだ。
早く起きてほしい。退屈だろ!
うーん、でもまあ、携帯から幽霊の声ってなかなか怖いかな。

こいつの相棒のダルシムは、運転席に座ったまま、ぼーっと缶コーヒーをのんでいる。いったい一日に何本飲むんだ。
わたしは昨晩、ダルシム宅で適当に過ごしたのだが、やつの冷蔵庫には驚かされた。野菜庫に入っているものは、野菜じゃない。卵を置くところにも、違うものがある。冷蔵庫すべての空間に、缶コーヒーがかっつまっているのだ。しかも青一色。おそらくは箱買いしたもの。ぜんぶ同じ銘柄。
で、プラスポに、「一本飲む?」
缶コーヒーのCMか! アホだ、サイコー!
アホはアホを呼ぶのだろうか。
ふう、色々といじってやりたいところだが、わたしは無力な幽霊ゆえ、何ができるわけでもないのだ。早く起きろ。暇だあ。

車のなかにダルシムが戻ってきたとき、ぐったりしているプラスポを見て、少し驚き、肩をゆすったり、頬を平手打ちしたりした。息はしているので、疲れて寝ていると判断したようだ。実際、疲労もあったのかもしれない。
もう一度、プラスポに目をやる。
あらら、頬に手形がついている。最初は、ダルシムに憑いた夏子がさっそく殺るのかと思ったが、単に、彼の力加減の問題のようだ。

しかしこいつ……きれいな顔してやがる。
おそらく、女子は振り向く。夏子のような、思い込みの激しい恋愛ビギナーが好きになるのも無理はない。最初わたしがこいつに憑こうと思ったのも、あまり認めたくないが、同じような理由だ。

ああ、夏子と同じレベルかと思うと嫌になる。わたしはまったく成長してないのだろうか。大体、ナツミって何だ? わたしは真冬に生まれたから、まふゆだ。夏子のほうも同じような理由だろう。類似点があればあるほどイライラする。

だが夏子と違い、わたしはこの珍種の本質を見抜いた。はじめは、まさかと思ったが、途中から、確信に変わった。こいつはモテない。
残念なギャップ効果と呼ぼう。この人は普通にしていればいいのに、たいへん残念な方向に走る。本人、それに気づいていないと思う。

変に余裕のあるふりをする。そのくせ、なかは、洪水だったり、大火事だったりする。真面目なように見せて、アホなことばかり考えている。正確には、「まじめに」アホなことを考えている。わかりにくいことこの上ない。女子が誰も望まない方向にずれている。

余裕がないなら、素直にそういう態度をとれば、女子はもっと近寄りやすい。それなのにこいつは、なに、「彼女いますから」みたいな態度とってんだ。
アホなら、そういう雰囲気でいればいいだろう。親しみやすいし、相手に安心感だって与える。こいつに常識とか堅実さを求めて近寄った子は、がっかりするぞ。会話なんてストレートでいいのだ。寒くなければいい。
あなたにはお笑いのセンスが足りないの。がっかりだわ。お別れしましょう。なんて子はいない。ギャップ効果がこんなにマイナスに働いているやつを、はじめて見た。
それからダルシム。彼はおもしろくて見た目もよいから、90点あげよう。
他に特徴をあげるなら、うん、独特の性質がある……。
こいつがプラスポを絶妙にアシストしている。ダルシムがいなかったら、プラスポって、ただの変人じゃないかな。

こいつら、アホだったな――。
わかっていたつもりだが、わたしのなかの新記録を、すぐ塗り替える。
大渋滞のあと、なんとか車を停めて、細長い公園を歩き出したときのことだった。
もう夕方で時間がないのに、最初の数百メートルで、奴ら、はしゃぎすぎだ。わたしも加わったところがあるし、そこはよしとしよう。
問題は、プラスポのこの発言、「天橋立って、幅は、何メートルあるんだろう」からはじまった。

プラスポが、50メートルくらいかな、と言い、ダルシムは、20メートルじゃないか、と言った。わたしにはまったく見当がつかないけど、お前ら、差がありすぎないか、と思った。
それ以上、特には気にならなかった。わたしは。
それが、こいつら、測ってみようか、と言い出し、ダルシムが歩幅を使ってはかる流れになったのだ。
「1mって、これくらいやな?」公園の端でダルシムが、ストレッチのときにアキレス腱をぐっと伸ばすポーズをとった。
「まあ、それくらいかな」プラスポが答える。
ダルシムは、1、2、3、と数えながら、公園を、反対側の端まで歩く。わたしたちはついていった。少しイライラしたが、これは理系男の習性なのだと、自分に言い聞かせて我慢した。
結果、50歩だった。
プラスポが言う。「これだと、幅が50メートルってことになるんだけど、最後のほう、歩幅が明らかにせまくなかった?」
「いやあ、通行人が多いで、途中から恥ずかしくなったわ」
わたしは同意した。こいつら、本当に恥ずかしい。
「じゃあ、もう一回行ってみようか」
「1mってこれくらいやな?」ダルシムがアキレス腱をぐっと伸ばすときのポーズをとった。行くんかい!
ダルシムは、通行人の切れ間を狙って進む。ときどき立ち止まり、不自然に見えないように、わざとらしいポーズをとって周囲に気を配る。いやいや、あきらかに不審者だって。
「恥ずかしがらないで!」プラスポが言う。ああ、こいつら、もう。
今度は35歩、つまり推定35メートルだった。
「さすがに20メートルってことはなかったね」プラスポが余計なことを言った。
「頼む、もう一回だけやらせてくれ」
今度はダルシムが言い、三回目……。
最終的に30メートルということで落ち着いたらしい。理系ってアホなのか? そもそも最初の1mが、めちゃめちゃ適当だろ。どんだけ時間ロスしてんだ。もっと言うと、この観光スポット、公園の他にも見所たくさんあるぞ。
わたしはあきれたのだが、いま思い出すと、妙におかしい。

ぼんやり、あれこれ思い返していると、プラスポの体が、少しだけ動いた。ようやく目を覚ますのかと思ったら、今度は顔をうつぶせにした。まだ寝るつもりか。
短いつき合いではある。多少イラっとくることもあるのだが、この人の駄目なとこ、わたしはそんなに嫌いじゃない。こいつはそういう相手を選べばいいのに、見る目がない。

彼が最近フラれたという彼女の話。すんなりつき合ったはいいが、デートの最中、ファッション店でボーダー柄のシャツの話になり、彼女を怒らせ、終わったらしい。逆にすごいと思う。
彼女が、「あたし、ボーダー柄が好きー」と言い、プラスポは、「だったら、Aちゃんは縦のラインがいいよ。視覚の効果で、横じまは広がって見えるからね」と言い、それで相手がドカンだそうだ。
余計なこと言わなきゃいいのに……。相手も相手かな。ちょっとおもしろいじゃん。

つまりこれが、「残念なギャップ効果」だ。相手は見た目でプラスポを選んだだけ。この男の本質を理解していない。普通にしろ。もしくは、ちゃんと相手を選べ。
こいつは見る目がないのだ。わたしと同じ……。

最後の男は、わたしと同い年だった。今では顔すら思い出すことができない。
問題はそこだ。
たしかにあのとき、二人の間には「真実の愛」があると思った。だからこそ、わたしは思い詰めた。それなのに、相手の顔を、思い出すこともできないのだ。
霊になった当初は、その男にまとわりついた。男は、他の女、それもわたしの目から見ても程度の低い女と仲良くしていた。一週間そばにいた。そのあいだ、男がわたしのことを思い出した様子は、一度もなかった。話しかけようともしたけれど、波長がまるで合わなかった。そのうちわたしも興味をなくしてしまって、男のもとを離れた。会いに、行かなければよかった。

真実の愛なんて、わたしが勝手に思い込んでいただけ……。
わたしが夏子をよく思わないのは、彼女に自分を重ねてしまうから。彼女と同じで、思い込みが強いから、だから幽霊になってしまったのかもしれない。それでも長くこの状態でとどまるつもりはなかった。

だけど知ってしまった――。幻想を見て、わたしは命を絶ったのだと。
どうやったら後悔しないなんてできるっていうのよ。


===
【作者コメント】
真実の愛(TRUE LOVE)を求めてさまよう幽霊、まふゆさん。
君の出番だ!
つまらない常識なんてぶち壊しておくれ!

ずっとクリエイターであり続けたいです。よろしければ、サポートをお願いします。かならず面白い記事にしてお返しします!