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自律神経が乱れまくっている

 前回の記事『壁に登る』の続きである。
 ブラインドボルダリングの体験会終了後、参加者全員で会場近くのガストに行った。大人数での会食も久しぶりである。
 店に入ると、4人掛けのテーブル席が四つ並んでいた。私たちの席は、私とヘルパーさん、その向かい側にHちゃん、そしてモンキーマジックのスタッフのOさんというメンバーだった。
 私はミニネギトロ丼とちょい盛りポテト、さらにデザートにミニチーズケーキを食べることにした。
 話の発端は注文を取っている時だった。店員さんやOさんと話ているHちゃんに、何となく目、いや耳を見張る物を感じた。
 私の知るそれまでの彼女は、初めての人と話すのがとても苦手な子だったように思う。職場で一緒だった時も、実習生や見学者が来て自己紹介を求められた時、緊張で固まってしまいなかなか第1声が出ず、周りに促されてようやく名前を言い出すぐらい人見知りが激しかった。そんなHちゃんが、この日初めて話すであろうガスとの店員さんやOさんと、はきはきした口調で話をしているのだ。
「Hちゃん成長したねえ」
 先輩風を吹かせたいわけではないが、私は驚きのあまりついHちゃんにそう言っていた。
「えへへ」
 いつもの彼女らしい照れ笑いを浮かべた後、Hちゃんはさらにこう続けた。
「じつはこの4月からお母さんと霊氣を送るお仕事を始めたんだよ。その時に人と喋らなきゃならないからそこで慣れたのかも」
 霊氣を送る…、たまに駅前を歩いていて知らない人から「あなたに氣を送りたいので」とか言って近づいてくるちょっと怪しそうなやつか。いつの間にHちゃんはそんな怪しい仕事を始めていたのかと驚いたと同時に、申し訳ないが少し怪訝に思ってしまった。まあ詩人も物書きもある意味怪しい仕事かもしれないが。
 彼女の話では、霊氣とは送られた人の免疫力を高めてくれる物らしいのだが、詳しい話は難しすぎてよく覚えていない。
「せっかくだからひかさんにも少し氣を送ってあげるよ」
 注文した品を待ちながら皆で談笑していると、不意にHちゃんが言ってきた。
「えっ、私に?」
 正直どうしようか迷った。氣を送られるなんて何だか怖そうではないか。でもせっかく送ってあげると言ってくれたのだから、試しに受けてみるかと覚悟を決めた。
 左向井に座っていたHちゃんが、ヘルパーさんと変わって私のすぐ左隣に移動してきた。
「壁の方に顔を向けて」
 彼女に指示されたように私はすぐ右横にある壁の方に体を向けた。
 間もなくして彼女の両手が頭の後ろと背中にそれぞれ触れた。これからいったい何が始まるのだろうか。ものすごくドキドキする。
「何か感じる?」
 彼女がそう聞いてきたのはどのぐらいたった頃だろうか。何となく背中が暖かくなってきたように感じる。
「うん、良いね」
 そのことを伝えると、Hちゃんは小声でそう呟いた。いったい何が良いねなのだろうか。もしかしてこの暖かさが氣なのだろうか。
 そう思っていると、それまで頭の上にあったHちゃんの手が、こんどは胸の真ん中あたりに触れた。それから数秒の後、彼女から思いもよらない一言が飛んだ。
「ひかさん、自律神経が乱れまくってるね」
「えっ、何で分かったの?」
 まるで知られたくないような秘密をばらされたみたいで気まずい気持ちになった。昨年適応障害と診断されて、精神安定剤や睡眠導入剤を服用していることもあって、朝起きるのがしんどかったり、普段の食事も冷凍食品やコンビニなどのお惣菜が多かったりで、お世辞にも健康的とは言えないような生活を送っている。だがそんなことはHちゃんには一言も話していない。胸に手を数秒当てただけで、自律神経が乱れまくっているのが分かるなんてすごすぎる。
 だが驚くことはさらに続いた。胸にあった手が、お腹の方まで下がってきた時こう言われたのだ。
「ひかさん、お腹の調子悪くない?」
 それも当たっている。もう10年ぐらい前から患っている過敏性腸症候群の影響で、ここ数年便秘と軟便を常に繰り返しているような状態だった。この話もHちゃんにはしていない。
 人の体に触っただけで、どこが悪いのかが分かってしまうようだ。霊氣ってすごい物なのかもしれない。

 食事を終えてからも、再びHちゃんから氣を受けた。10分ぐらい受けたのだが、彼女の手はほとんどお腹の上に置かれていた。それだけ私のお腹は悪いということなのだろうか。
 マインドコントロールなのかもしれないが、氣を受けたことで心なしか体が少し軽くなったような気がする。私の後にヘルパーさんも彼女から少し氣を受けていたようだが、ヘルパーさんも体が楽になったような気がすると言っていた。
「氣を受けた後は眠くなったり体がだるくなったりするかもしれないから注意してね」
 最後にHちゃんからそう言われて初めての霊氣体験は終了した。だからなのか、ガスとを出てからしばらくの間心地良い眠気と体の重たさを感じた。ブラインドボルダリングの体験も含めて、久しぶりの早起きと外出で疲れただけなのかもしれないが。
 だが不思議なことに霊氣を受けてからというもの、ここ最近便通が良くなったように思う。これも氣の力なのだろうか。
 まだ半信半疑なところもあるが、これで少しでも体調が良くなるのなら、1度本格的に氣を受けに行っても良いのかもしれないと思った。
 私と同じ先天性の全盲の彼女がどうやって霊氣を学んだのか。そんなことも含めて、2週間後またHちゃんに会う予定でいるので、氣を受けがてらいろいろと聞いてみたいと思っている。

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