残照(アフターパーティ) #1
収
いや、元々俺はプロで映画監督なんて考えてなんかいなかったって。
いやいやいや……全然。だって遊びでしょ、学生の自主制作なんて。
勿論さ、プロにはなりたかったよ。だって、ちゃんとした会社入ってサラリーマンってタイプじゃないしさ、映像業界潜り込んでなんとか生きられたらなぁ……なんてうっすら考えてたよ、当時。いや、みんなそうじゃないかなぁ。確信、そんなのないよ。だって不確かな世界じゃない、映像業界なんてさ。最初? ああ、先輩のツテ頼ってさ、小さなPVの制作会社入れてもらって、制作進行のお手伝いみたいの。助監督兼でさ。なんでもやるわけよ、新人の助手なんて。入ったところ、よくわかんないアイドルからロックバンドまで来た仕事なんでも受けちゃう会社だったから。もうほとんど寝る間なんてないよ。それで会社なんとか回してるような感じだったみたい。制作費なんてほんと安いから、ロケ地探すのも撮影機材も何から何までみんな制作の仕事だし。そんなロケコーなんかに外注なんかできないよ。そうやって、なんやかや。いつの間にか実地でさ、仕事覚えてくわけだよ。それは今も同じじゃないかなぁ……。
だから廃屋っぽいビルとか空き地とか詳しかったよ、当時。
そこでスピーカーからガンガン音出ししてバンド乗せてバァーっと撮っちゃう。そんな感じ。引きで撮って寄りで撮って、何アングルも撮ってさ、後で音に合わせてバシバシ編集してさ。それで一丁上がり、みたいな。
うん、最初はね、楽しかったかなぁ。そういうのが。なんか勢いあったしね。ああ、俺も業界はいれたなーって……でも何年もやってれば、まぁ飽きるよね。所詮、好きでもない他人の音楽のプロモーションだから。作品って感じじゃないしね。先輩見てても疲弊してくのが分かったし、こんなもんなのかなぁって。それで、そこを4年で辞めて、フリーで色んな現場手伝うようになってさ、予算ない時に現場回すの得意だったから、そのうち他のジャンル、低予算ドラマとか小さな映画とか声かかるようになってさ。
うん、まぁ、フリーの制作だよ。案外、なんとかなっちゃう。横のつながりとか信用とか大切だから。この業界。金ないときは企業ビデオとか何でもやったよ。AV以外はね。何でも。で、気がついたら10年以上やってたよね、なんだかんだ。現場好きなんだよ、俺。あっという間に30過ぎた。早いよね。うん駆け足。常に駆け足。そのうち自分がすごい歳とったような実感出てきて。時々、昔撮った8ミリとか見返すようになったんだ。見る度に思ったよ。ずいぶん遠くに来ちゃったなぁって……。みんな若いときのまんまだから、フィルムの中ではさ。
ああ、エミのことだったよね……うん……そりゃ、引っかかってたよ、ずっと。でもさ、死んじゃったやつのこといつまでも引きずっててもね。仕方ないっつーか……。そうだな……何から話せばいいのかな……煙草一本もらっていいかな……。
警察から連絡あったとき、俺は新宿で映画見ようかって出かけるところだったんだ。『フロム・ダスク・ティル・ドーン』だ。いまでも覚えてる。スニーカーの紐結んでたら電話が鳴った。
そしたら警察からで……なんで俺んとこに電話あったのか……とにかく、何か言われてる意味分かんなくて、何度も聞き返した。何で俺んとこに警察がかけてきたのかな。エミのポケベルに最後の着信履歴があったのかな……どうなんだろう……すぐ朝田に連絡したら電話つながんねーし……パニクるよね、ああいうときってさ、みんなにとにかく連絡しまくったけど、やっとつかまったのが五島でさ。五島にみんなの家とかアパートとか回ってもらってさ、あんま大学で騒ぐのもまずいってことになって……ああ、そうそう、部室行ったんだ。そしたら、川崎が8ミリ編集してたんだ……段々思い出してきたよ……。あの部室、今どうなったんだろうな……そもそも、まだあるのかな、ニューシネマ研究会って。
まぁ、それはいいや……うん、川崎なんかエミのこと聞いたら絶句しちゃってさ、嘘だ!って怒り出して、そのうち急に泣き出してさ……俺も堪えてたのが溢れちゃってさ。それから、授業に出てた木塚とか岡本とかが来たんじゃないかな、部室に……うん、確かそう。直子も来たよ……顔が真っ青だった。それ、すごい印象に残ってるな。美帆のバイト先に五島が行って知らせてさ、ほら、あいつ美帆のこと好きだったから、当時。もしかしたら今もかも知れないけどな……笑。それで朝田以外全員部室に揃ったんだよ。朝田のことは大学もあちこち探したし、アパートも行った。行きそうなとこは全部探したけど掴まんなかった。今と違って携帯とか学生はもってない時代だからさ。ああいう時って困るよな……。
淀橋署。そこに行った。みんなで。受付みたいなとこで要件伝えたら、遺体確認をって言われてさ。いや、そんなドラマみたいな展開考えてないじゃない、こっちは。友だち死んだって警察から言われて、ただでさえテンパってるから……。
エミって実家が確か北海道の函館とか小樽とかそっちで、ご両親にも当然連絡行ったんだろうけど、まだ来てなくてさ……まぁ、警察的には事件性があるかないかとかそういうんで遺体確認急いでたんだろうな、わかんないけど。……遺体の確認って、したことある?……そうだよね、ないよね。ふつう。うん、ない方がいいよ……ああいうのは。
俺がしたんだよ、遺体とのご対面……。直子や美帆はそんなの出来ないって泣きじゃくるし、岡本も五島も黙りこくるしさ、木塚も川崎もああいう時は役立たずでさ、でも俺だってひとりじゃ無理って思ってさ、五島だけ何とか引っ張ってって……なんかひんやりしてたなぁ。安置所。警察の人が、どうぞって言って、俺がお棺の前に立って……婦人警官がそっと白い布を外した。
エミだったよ……。すごく顔が白かったな。頭に包帯巻かれてて、すごく穏やかな顔してたよ。ていうか蝋人形みたいだった。死んでるんだから仕方ないけど。俺が肩震わせてるの見て、五島が後ろで号泣してな……そしたらそれが伝染して廊下の直子や美帆もまた泣き出して……たまんなかったなぁ……あのときは。警察の人が俺らを連れ出して簡単な調書みたいの全員バラバラに取られて……暗くなった頃、みんなで警察を出た。雨が降ってたな……梅雨だからね。その後、警察で聞いた現場行ったんだ。小滝橋って分かる? 早稲田通りの。そうそう。神田川が流れてる。そこのスーパーのある路地を左に一本入ったマンションの屋上から飛び降りたんだ。エミは。現場はまだ囲ってあって、白いチョークが鮮やかだった。でもなぁ……現実的じゃないっていうか。自分たちがそんな安いドラマみたいなシーンにいるってことが何か変でさ……。あ、朝田がいたんだ、先に。チョークの跡を呆然として見つめていた。
誰も朝田に声をかけられなかった。俺たちも誰もしゃべらなかったな……ただ、そこに佇んで、いつまでも呆然としていたよ。
あれだ、うん、いまこうして何故か野菜作ってるわけだよ、俺。
映像業界は祝・卒業、でさ。直子とは10年前に結婚して9歳と7歳の子どもがいる。お兄ちゃんと妹な。うん、まぁ、幸せかな。
直子と? まぁ、ほら、あいつが大学時代、朝田のこと好きだったのは知ってるけど別に付き合ってたわけじゃないし、気にならないよ、それは。そんな小さくないよ、俺。でしょ? そりゃそうだよ。直子もさ、ようやく脚本書くの諦めて、子育てと食堂回すのに本腰入れてくれてるしな。だいぶ、あっちの具合もいいんだ。ああ……ありがとな……騙し騙しっていうの。今はそんな感じかな。線細いから、あいつ基本。え? そんなことないよ。俺だっていっぱいいっぱいだって……笑。
だから、この前の件は、正直微妙なんだよね。……どうするのかな……朝田。まぁ、急がず、かな。
でも、あれだよな……あの映画、あの日、見そびれた映画さ……。『フロム・ダスク・ティル・ドーン』……俺、結局いまだに見てないんだ。
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