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残照(アフターパーティ) #2

 
    直子
 
 何を聞きたいんですか? ああ、体調? おかげさまで、大丈夫ですよ。ちゃんと生活してます。たまにね、たまーにああいうことあるけど、ほんとたまにですから。だって小学生の子どもふたりいて農業やって食堂やってたら、寝込んでる暇なんてあるわけないじゃないですか。そうですよ……笑。えーっ……そんな、別に偉くなんかないですって。だってみんなやってることでしょう。生活って。みんな子ども抱えて時間に追われて、かつかつで、でもそんなの顔にも出さないで。そういうもんですよ。

 私、ペンより重いもの持ったことなかったんですね、ずっと。それがね、今じゃなんでも持てますね。農業機械って重いっていうか、機械だから、基本的に。まぁ、重いです。野菜の収穫だって雑草抜くのだってもろ肉体労働だから。腰にきます。 
 全然……笑。それはないです。だって、私はライターとしては全く幅もないし、持続性に欠けるっていうのかな……安定していいもの書けなかったから。好きな世界感だといくらでも書けたけど、そんなのアマチュアだからで、プロになるとそれだけじゃね……汎用性のない脚本家未満みたいなもんじゃないですか? そんな人いくらでもいるでしょう。私の話なんてつまらないと思いますよ。

 そうですか?……まぁ隠すほどのもんじゃないから。いいです。……映画ねぇ……好きだったんですよね。レオン・カラックスとかビンセント・ギャロとか、ジュネとか。ミニシアター、いっぱいあったでしょ、当時。
はまってたなぁ。劇場に行って暗闇に身を潜めてスクリーンの中に集中してると、嫌なことみんな忘れられた。あ、恵比寿ガーデンシネマで少しの間、私、も切りのバイトしてたんです。そうそう、いつも映画好きな人で賑わってたんですよ、あそこは。あの映画館なくなった時はショックだったなぁ……。でもまた復活したんですよね。行きたいなぁ……。久しぶりに。

 私、コンプレックスだらけだったから10代は。女子の中二病的なのにかかって、現実の世界にこう、うまく馴染めなくなって、本ばかり読んでたんですよ。大抵、図書館にいた。高校は女子校で、当時みんな浮かれてたのね、表面的なことに。でも、そういうのに当然馴染めなくて、私は活字の世界に逃げ込んでた。友だちなんて出来なかったです。そのうち自分でも書いてみたくなるわけですよ。……孤独のあまり。だから、そんな子いくらでもいるでしょ。今もたくさんいるんじゃないかしら? 麻疹みたいなものじゃないかな。自意識の高い文系女子の。ふふ……なんか恥ずかしいですね。

 大学は文学部で、フランス語専攻しました。入試で筆記の他に面接と小論文のテストもあって、スタンダールの「赤と黒」についてとうとうと喋ったら、面接担当がたまたまスタンダール研究してる教授で、ラッキーですよねえ笑。
大学入ってからは、小説より映画のほうに気持が動いたかな。演劇も割に見た。下北沢のスズナリとかよく行ってました。友だちも舞台やってたしね。そのうち芝居書くのちょこちょこ手伝うようになって……スズナリとかのレベルじゃないですないです。もっと小さな舞台です。まぁ、仲間内の発表会的なものですよ。今考えたら……。
そしたら、その舞台を朝田君がたまたま収ちゃんと見に来てたんですよ。それで、声かけられて。話してたら同じ大学だって分かって、すごく盛上がって……そのまんま飲みに行って、面白かった、すごい良かった。ついては一緒に映画やろうって朝田君が熱心に誘ってくれて。誰かに認められるのって嬉しいじゃないですか。ですよね?

 私を最初に認めてくれたのは朝田君だった。
それでニューシネマ研究会に入部。現在に至る、と……笑。
え? はい……そうね、朝田君って言語化するのが苦手なひとなの。映像的なのね、発想が。だから私が、巫女みたいな感じで朝田君のイメージを物語に置き換える、そんな役割だったんですよ。ふたりでいっつもわけわかんない脚本作ったなぁ。収ちゃんとか苦笑いしてた。ほら、あの人の作るものって直球だから。そういうのが好きなひとだから。……ええっ? そりゃ、好きになりますよね。朝田君のこと。だいたい朝田君ってずるいんですよ。甘え上手っていうか。リーダーシップ、はないんです。これが不思議なことに。周りの人がなんとかしてあげようって思うタイプ? まぁ、得なタイプとも言えますね……笑。でも、そういうのが段々重荷になってたのかなぁ、今はそんな風にも思います。神輿って担がれると祭りが終わるまで降りられないでしょう。そんな感じかも。……お祭り、突然終わっちゃいましたけどね……。
 
 可愛かったですよ! エミ。なんかキラキラしてた。女の私からみても眩しい存在で。明るいし笑顔が可愛いし、あれです……屈折がないんですよ、あの子の笑顔には。そういうのにはもう絶対敵わない。敵いませんよ! だってこっちは屈折しかないわけだから……笑。
監督と主演ですから。まぁ、いつしかそうなりますよね。
ジェラシーかぁ……うーん……あったと思う。だって初めて好きになった人が、私の脚本褒めてくれて、嬉しくて……そのセリフは別の女の子が喋って、その子のことをその人が好きって。
ねぇ……ちょっと辛いっていうか複雑ですよね。

 表面的には仲良くしてました、エミとも。朝田君とも。朝田君に振り向いて欲しいから、いい脚本、いいセリフを書こうとする。そうするとさらにエミが輝く。で、朝田君はますますエミを好きになる……映画的にはいいんだけど私的には負のスパイラルですよね。そんな感じだったかなあ……。

収ちゃんが私のこと好きなのは薄々分かってました。でも、収ちゃんも私が朝田君のこと好きなんだろうなって感じてたんだろうし、学生時代は付き合うとかなかったですよ。えー……いつくらいからかなぁ……。卒業して、私OLしてたんですよ。ふつうに。で、シナリオコンクール応募したり。プロは諦めかけてたっていうか……。そんなとき、収ちゃんが関わってた深夜のドラマのプロットライターのバイトを紹介されたんです。その頃の深夜とかって、いまと扱い全然違いますから。もう超適当な世界。それで、こっちも好きなこと書いて、演劇っぽいドラマみたいのとか……まぁ、変な奴だなぁと思ってもらったのか、ちょっと書いてよってプロデューサーさんに言われて、そっからかなぁ。
あ、映像業界ってプロデューサーって肩書きのひとが何人も同じ作品にいるんですよね。それでみんな俺の作品とかって言うの。不思議ですよね……笑。それで、たまにラノベのプロットそのまま採用されて、脚本まで書かせてもらったり、収ちゃんもいいの紹介したっていうので褒められたりで、よく会うようになって……。

ほら、エミがああなってからは私たちみんな余り会わなくなってたから。懐かしさみたいのもあったんじゃないかなぁと思います。会社帰りに打ち合わせがてらご飯食べて、週末までに、ばーっと書いて……そんな感じでした。で、いつの間にか付き合うようになって……家賃もったないから一緒に住もうよってズルズルと……笑。現在に至る、です。

30歳過ぎて籍入れようって話になり、結婚してって感じですかね。普通過ぎるでしょ? こんなの。で、みんなに報告するってことになったんですよ、なんか言わないのもあれだし。それがエミ会の始まり。
もうだいぶ時間も過ぎてたから、みんな来てくれて。川崎君は居場所が分からなくって、そのまま。だからこの前がほんとに二十年ぶり。ほんと驚いた……。だからね、……ちょっとアレしちゃったのかも。

うん……まぁ、そうね……時々はお医者様にも行ってたのよ。脚本書いてた頃から……締め切りとかダメ出しで薬に頼るようになっちゃってね……子ども生まれて育児にも追われて、それでまた悪化しちゃって……ええ、そう。だからって病人扱いしないでくださいね。それくらい今ふつうでしょ。心療内科ってふつうの内科より混んでるくらいだもの、ねぇ!

 収ちゃんが無農薬で野菜作りやりたいっていうのだって、普通無理でしょ、って思いますよね。でも、私、不思議と思わなかったんですよ。なんかそういう物語いいなぁって。私と収ちゃんと子どもたち主演の脚本をね、頭の中でばぁーって書いたんです。そしたら面白いかもって……。
バカでした。超大変。素人だし。でも、面白いことは面白いんです。リアリティあるじゃないですか。映像とかより。美味しいって言ってくれる人って。目の前にいるわけだから。それで、ワンプレートの定食もやってみるかって。農民カフェね。私、料理は得意だったのね。だから楽しいの。
まぁ、厳しいですよ。経済は。カフェってそんな儲からないですもの。
周囲にあんまりお店ないから潰れない程度にはお客さん来るんだけど、このままやってけるかなぁ……不安だなぁ……。
私たちの結婚パーティのあとも時々、学生時代の話になって……みんな元気かなぁとかね。それで、集まる名目としては命日ってやっぱり集まりやすいじゃない。それで何周忌とか、そんな感じで収ちゃんが幹事で。そういうの基本好きなひとだから。めんどくさがらずにやってるの。
今はメールあるから楽ですよね。連絡取るのも。あの日は……ほんと連絡取るのが大変だったみたいだから……。
 
 警察行ったことはあんまり覚えてないんです。ただ印象としては……寒かった。
私、あの頃いつも黒のノースリーブ着てたから。ひんやりしてたんですよ。地下のあの場所。それだけです、覚えてるのは。あとは、みんなで事故現場行って佇んでた……口をついたのは「ごめんね」って言葉。なんでだろう。どこか責任の一端を感じたのかもしれない。感じるのが感傷だったのかも知れない。あの日、あの子が飛び降りる三時前くらいかな、エミに会ったのは本当ですよ。色々話した。音楽の話も少しした。ニーナ・シモンが好きだって言ってた。変ね、そんなこと思い出すわ。
うちのお店でかけてる有線からニーナ・シモンが突然流れることがある。ほら、有線だから選べないじゃないですか、選曲は……。そんなとき、ドキッてする。胸が苦しくなる。彼女の歌ってそういう聞き捨てならないってとこありますよねぇ……。
 
 脚本……ですか……(沈黙)……書けるかな、私……。
分かんないです……今の状況だし……でも……そうですね……うん、書いてみたいかも。やっぱり、書いてみたいですね。みんなのこと、好きだしね……笑。
 今度よかったら来て下さいよ。自然食の店IIDA。ひねりのない屋号ですよねぇ。でも野菜の味には自信あるんです。お米もいいし。
あ、うちのカフェのドリンクメニューは、オーガニックの珈琲と紅茶。ハーブティもあります。だけどね、ココアはないんです。それはご容赦ください。

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