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Reborn〜記憶〜 #才の祭小説

2月15日 20時03分
きっと誰もが空を見上げて『綺麗ね』と同じ言葉を言っているに違いない。それほど美しい満月の夜だった。

両親が、こんな遅くに担当医に呼ばれる事は珍しかった。
検査結果が思わしくなかったのは想像できた。そして担当医は、私の顔色を伺いながら話し出した。
『検査結果ですが、厳しいものでした。
再度手術をしても、奇跡が起きない限りは…一年。
しかし、臓器移植をしたら可能性はあります。移植後5年で生存している割合は、心臓は90%を超えていると言われています。
ただ、感染症(※1)や拒絶反応(※2)が無ければの話しですが。」
暫く沈黙が流れた。
両親は目を合わすことなく、ただお互いの手を握りしめていた。
「一晩、考えさせて下さい。ヒナタは私たちにとってかけがえのない一人娘です。
28歳、まだこれから…」
そう答える父の隣で、母は静かに涙を流していた。

✴︎✴︎✴︎

翌日、両親と担当医に、私は臓器移植を希望していることを伝えた。
迷いはなかった。自分の運にかけてみようと思った。

数ヶ月後、奇跡的にドナーが見つかった。
両親の表情は複雑だった。
もしも感染症を引き起こしたら?もしも拒絶反応を起こしたら?もしも…それは可能性が有る時にしか使えない言葉。
私はその可能性にかけたいと両親に伝えた。
両親の気持ちは痛いほど分かったけど、もう決めた事。
消灯時間が過ぎて、病室の白いカーテンを開けると、満月が雲の隙間から見えていた。

✴︎✴︎✴︎

5月20日  
朝晩とまだ肌寒さが残る帯広の病室で20代の女性が亡くなった。
彼女は、自分の死期が近づいていることを悟っていたかのように、亡くなる数日前に担当の看護師に両親宛ての手紙を託していた。

「親愛なる お父さん、お母さんへ」
幼き日々の思い出は一つ一つ愛しくて、涙で滲んでしまうくらいです。
家族で北海道内、くまなく旅行しましたよね。本当に楽しい思い出をありがとうございました。
寂しい時は、空を見上げて下さい。そこに私はいます。
二人をいつも見守っています。

この病気が治ったら、会いに行きたい人がいました。そうマナブさんです。
「愛している」と一言伝えたかった。
叶わないと知った今、私に出来ることは、誰かのためにこの臓器を提供する事だと思っています。
お世話になりました。先に旅立つ私をお許し下さい。
ありがとうざいました。
愛を込めて
  ミズキより 

✴︎✴︎✴︎

臓器移植の術後は、心配していた感染症や拒絶反応もなく、両親の顔にも笑顔が戻ってきた。
私はというと、同じ夢を見るようになっていた。
日本のどこかの山間部で、陶芸の窯のようなものがあって、そこでは男性が一人で暮らしている。
その姿を懐かしそうに見ている私!?を見つけて、大きく手を振る男性…。
そこで決まって目が覚めるのだ。そして同時に「会いに行かなくては」と思うのだった。

月日が経つにつれて、移植した臓器が私の体の一部になってきているような気がした。
時々、私の臓器同士が会話をしているような錯覚にも陥った。

間も無くして、経過が良好なこともあり、担当医からは退院の許可がおりた。

✴︎✴︎✴︎

退院してからも、私は毎晩のように同じ夢を見ていた。不思議な事はそれだけではなく、余り好きではなかったお刺身やお寿司を好んで食べるようになったり、ラベンダーの花が懐かしく思えたり、まったく自分の記憶と違うものが時々見えてきたりとするようになっていたのだ。

そして、退院後わずか一ヶ月。私は、北海道へ向かう飛行機の中にいた。
到着後向かったのは、小樽。
観光で一度訪れたくらいで、全く土地勘はなかったが、私はまるで何度も来たことがあるかの様に、何の躊躇もなくバスに乗り、更にバス停からは徒歩で山奥へと歩いて行った。
空気は澄んでいて、時々小鳥の声が聞こえた。
とても懐かしく、少し気持ちが高揚してきているのが分かった。

「ミズキ!」突然男性の大きな声が聞こえた。その人はどんどん近づいてきていきなり私を抱きしめた。
そして私も彼を抱きしめていた。
「マナブに会えた!嬉しい…」自分が言った言葉に驚いたけれど、この状況を受け入れるしかないと思った。
初めて会った人なのに、とても愛しいのだ。
私は、彼に自己紹介をしてから、何故自分が今ここにいるのか、彼に分かってもらいたくて、言葉を選びながら説明した。
彼は、「臓器移植の記憶は受け継がれると聞いたことはあるけれど…」と、それを目の当たりにして戸惑っている様子だった。
それは、私も同じ事だ。

私達はその夜、彼の家の庭で焚き火をしながら夜空を眺め、お互いが今までどう生きてきたのか、ここに行き着くまでの軌跡を辿るように話しをした。
マナブさんとミズキさんの出会いの話しや、よく二人でこうして焚き火をしながら、夜通し好きな音楽を聴いたり、将来のことを話したりした事。
どの話しも、初めてなはずなのに、何故か頷きながら聞いている私がいた。

「ミズキ、体冷えるから。」と珈琲を片手にブランケットを肩にかけてくれた。その優しがとても懐かしい。

「僕はね、信じてたんだ。ミズキが来てくれることを。
君が死んだことを知って、僕は本当にショックで、ひたすら作品を作り続けたんだ。
そうしてないと気が狂いそうだった。」
そう言って指さした先を見ると、壊れた陶器が山となっていた。
「でも、作品と呼べるようなものは作れなかった…。そんなある日、夢を見たんだ。ミズキが必ず会いに来るからって。
それを信じて待とうって思ってた。ずっと…。
そして今日、君は来てくれた。
ありがとう。今でも信じられないよ。
ミズ…えっとー…」
「ヒナタです。」
「ヒナタさん。これから僕はどうヒナタさんを受け入れ、接したらいいのか分からないけど、今夜はこうして二人でいたいんだ。」
私はマナブさんの言葉を焚き火のパチパチという音と共に聞いていた。
まるでこれから始まる奇跡の恋を祝福しているような、そんな音にも聞こえた。

「ねえ、マナブさん。ここからみる星は綺麗ですね。
あっ今夜は、満月かしら?」
そう言い終わらないうちに、彼の瞳が私を覗き込んできた。

頬に冷たいものを感じて手をやると、私は泣いていた。
ヒナタではなく、そのミズキさんという人の涙に違いなかった。

まるでReborn。
二つの記憶を抱えたまま、私はこれから彼と生きていくに違いない。
そんな予感を抱きしめながら、彼にキスをした。

《おしまい》

(※1 拒絶反応:移植された心臓は異物と認識されるので、新しい心臓は攻撃を受けて拒絶反応する。
※2 感染症:拒絶反応を抑えるために免疫抑制療法を行うと、体の抵抗力が低下するためさまざまな感染症にかかり易くなる。)

🍀 こちらは、PJさん主催の企画応募作品です!力尽きました🤣
ヒヨコ🐣のcofumiからでした…チーン。

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#ショートショート #掌小説 #小説   #物語 みたいなもの

書くことはヨチヨチ歩きの🐣です。インプットの為に使わせていただきます❤️