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恋って誰かとしなくちゃだめですか?


相変わらず村田真優「ハニーレモンソーダ」を読みふけっては、石森羽花ちゃんのことが大好きな三浦界くんの顔がいい、と思って日々を過ごしているんだけど、読者の私はそりゃあもう死ぬほど「恋愛」が苦手であるので、「生まれたばっかり」の羽花がときどき不安げな表情を見せるたびにそのことを思い出したりもしている。ただ、羽花とは理由が異なるけど。


私の「恋」と、友人の「恋愛」

小学校4年生のころ「好きな人いる?」と訊かれて、なんだかよくわからないけど、とりあえず同級生の中で一番人気だった男の子の名前で答えたことがある。正直にいうと、好きでもなんでもなかったし、むしろ、いつもクラスの中心にいてスポーツと勉強ができて、格好いいこと、モテることに自負があった彼には苦手意識のほうが強かった。
そこから何年経っても好きとか恋とか全然ピンと来なかったけど、高校で女子校に進学するまで、誰かに訊かれたときには、私は近すぎず遠すぎずほどほどの距離感の人を「好きな人」だと言うようになった。私の口から名前の出た男の子たちには申し訳ないと思っている、ごめん、友だちだとは思っていたけどべつに好きではなかったです。

女子校に進学すれば苦手な恋バナから解放されるかと思ったけど、そんなことはもちろんなく、だいたいいつも、合コンだとか出会い系だとか、キスだとかセックスだとかの話が飛び交っていた。男の子がいないぶん(私の進学した特進コースは共学だったので、正確には手指の数くらいは「いた」んだけど)、中学までより話の仕方がオープンで、私は紙パックジュースのストローをくわえたまま誤魔化した。さすがに修学旅行でキスマークをつけてきた友人にはどうなのって感じだったけど、ほとんどの話題には無言だったし、みんなほどまわりの恋愛に首を突っ込みたいきもちは持っていなかった。

一方で、思春期の私は、本屋の棚の端から端まで少女漫画と少女小説を読みふけっていたような人間だったから、恋に憧れを持っていなかったわけじゃないし、恋愛的に好きなのかどうかはわからなくても「好きだな」と感じる人がいないのでもなかった。でもなんとなく、みんなの言う「恋愛」とは、どうにも種類がちがうのではないかなという疑いは、心のすみっこに居座っていたと思う。


anone,で診断してみると

とはいえいまはもう30歳を過ぎているので、乏しいなりにおそらく恋愛っぽいことも何回かあった。中にはすごく好きだった人もいる。だけど、なんだろう、結婚していく周囲の姿を眺めながら、なんかやっぱり私のは種類がちがうんじゃないかなって感覚が久しぶりに首をもたげていて、そんな年明けに、“anone,”というセクシャリティを診断してくれるサービスを知った。

こころの性は Xジェンダー
男性でも女性でもない性別のあり方。それがXジェンダーです。 「第三の性」なんて名前がついていることもあります。一言でXジェンダーといっても、その感じ方は人によって様々。 男性、女性の両方の自分が混ざり合ったり、そもそも男性や女性という枠組みを一切意識しないあり方もあるんです。 
恋愛指向は
①バイロマンティック

男性と女性、両方に恋をする。それがバイロマンティックです。イギリスで2015年に実施されたとある調査では「自分は100%異性愛者だ」と答えた人はわずか23%。もしかしたらこの結果が出た人の中にも「これまで異性しか好きにならなかったけど、もしかしたら...?」と感じている人も少なくないのでは...!
②リスロマンティック
好きになるけど、好きになられることは恐かったり、必要なかったり。それがリスロマンティックです。「好きなのに両思いになりたくないっておかしくない?」なんて言われてしまうこのセクシュアリティ。「好きな人ができたら付き合わなきゃいけないって誰が決めたの?」って話です。
恋愛感情はあっても、特に関係性を必要としなかったり、恋愛そのものが苦手だったり、人によって様々なリスロマンティック。あなた以外にも、まわりで当てはまる人が案外いたりしませんか?
性的指向は アセクシュアル
愛にからだのつながりはいらない。それがアセクシュアルです。 このセクシュアリティのあなたは、性的欲求がなかったり、興味がなかったり。
「まだいい人が現れてないだけだよ」なんて周りの人から言われることが多いかもしれません。そんな声はいったん無視しておきましょう。「恋人関係の人がいなくては生きていけない」そんなことはないんです。(中略)
あなたは性的欲求に関心が薄いだけではなく、人に対する執着が薄かったり、特別扱いされたくなかったりといった自分に見覚えがないでしょうか? ときには周りから「冷たい人」なんて言われることも。
表現したい性は トランスジェンダー
性別にとらわれないあなたらしさ。それがトランスジェンダーです。 たとえ、こころで感じている性別が男性であっても、自分が思う女性っぽい服装を好んだり、性別が女性であっても男性的なファッションを選ぶのがこのセクシュアリティです。

「こころの性」のXジェンダーはよくわからないし(そうかもしれないしそうじゃないかもしれない、という意味で)、「表現したい性」のトランスジェンダーは明らかにちがうけど、「恋愛指向」のリスロマンティックと「性的指向」のアセクシュアルはたしかにそんな傾向がある。私は人を好きになっても、そこにはかならずしもなんらかの関係性を必要とはしていない、と、思う。両想いにならなくていいし、性的な関係にほとんど関心がない。恋愛対象は異性のつもりなんだけど、2次元も3次元も男性に持続的な興味を示すことがきわめて稀で、常に女性のファンになっているあたり、じつはバイロマンティックなのでは?と言われると、可能性はあるなあという感じ。

とにかく、私の指向性にはほかにも似たような人たちがいて、名前があったらしい、というのが、anone,の診断に出会ったときの私の感想だった。――いつも薄らと私のきもちのすみっこにあった「みんなと異なる“これ”は正常ではないのではないか」というのは、セクシャリティへのバイアスとか抑圧とかだったんだろう。
10代のときに知れていたらもっと楽なきもちになれたことがたくさんあったかもしれないなどと思いつつも、知らないままでいるよりはいい。


恋って誰かとしなくちゃだめですか?

恋愛の指向性にも名前があることを知ったからといって特になにが変化することはないけど、とりあえず惰性的に入れたままだったマッチングアプリは削除することにした。「マッチしない」というより連絡をもらっても「マッチさせる気がそもそもない」状態がずっとつづいていて、だけど年齢も年齢だしまわりもみんな結婚するしいやまあ私はさほど興味ないんだけどうーん、みたいなきもちだったんだけど、これも結局、子どものころにむりやり好きな人をつくっていたのと変わらないんだよねと思った。やめた。

私はたまに誰かを好きになっても「この人好きだなあ」と一人で眺めているのが好きで、それを友人に話すことすらあんまりなかったりする。恋はするけど、片道でいいのだ。友人の一人も「片想いしているうちは楽しいんだけど、両想いになると急に気持ち悪いって思っちゃう」と言っていて、彼女のはリスロマンティックの蛙化現象なのかな?って考えつつ(私は根本的に興味関心が薄いタイプなのでリスロマンティックよりもグレーロマンティックに近いのかもしれない)、みんなそれぞれにセクシャリティがあること、その知識がもっと広まったらいいんだろうなと思う。そうしたら、恋愛しないこととか結婚しないこととかに変に卑屈になることもないしね。

恋愛も結婚も、30歳を超えたところからの「見えない圧力」すごくない?みたいな話は、独身の友人とよく話す。社会の圧力なのか、自分自身の内なる声なのかわかんないけど、じりじりと胸を焦がされるような感じがする。
焦燥感の原因は、社会のキャリアシステムとか、因習的な家族観とか、いろいろあるんだろうけど、そのなかには、本人も気づいていないセクシャリティの問題が隠れているのかもしれない。


少女漫画の様式美を超える

少女漫画で育った一人の大人の読者としては、界と羽花を中心に、花ひらくようにカップルが増えていく「ハニーレモンソーダ」を存分に楽しみながらも、このなかに馴染めずに「恋愛ってなんだろう?」「恋人っていないとだめなんだろうか」みたいな悩みを抱えている子もひとりやふたりいるだろうなあ、むしろいてほしい、などと描かれていないことを妄想している。

ハニレモは、非暴力的、かつ、言葉によるコンセンサスの構築「個」の自立など、現状、私にとっては「ひととおりを躓くことなく読める」少女漫画ではあるんだけど、より細かく読みつづけると、やっぱりある種のステレオタイプから逃れるのはまだ難しい印象がある。「作中でみんな誰かとくっつく」表現は、少女漫画の様式美の一つなんだけど、様式美だってアップデートされていいと思う。誰かひとりくらい、異性や恋愛に興味なくても学校生活スーパー楽しくてよくない?(だから個人的には、岩川奈乃は羽花の単なるアンチテーゼで終わらずに、もっと前面に出てきてほしいと思っている)

セクシャリティに関するバイアスや抑圧が形成された背景にはいろんな要因があるはずだけど、思春期にたくさんの作品にふれるなかで育ったところもあるだろう。私も、10代、20代と、「大人になったらこうあるべきなんじゃないか」っていろんなところでバイアスをかけてきた自省があるので、少なくとも下の世代には引き継がないようになりたい。とはいえこんなことを話す機会もないから、noteに書いてみた。ハニレモはおもしろいよ。


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