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父の写真

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父・鼻谷幸太郎の写真について。
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#父の写真

「日本一の海女のまち」の写真展に参加

「日本一の海女のまち」の写真展に参加

2024年2月19日~23日、三重県鳥羽市相差町の相差女性活動センタ-で、
"相差暮らしの写真展「海郷を拓く」(うみさとをひらく)"が開かれました。

相差は「おうさつ」と読み、日本で最も海女さんが多くいる地区です(鳥羽は読みにくい地名が多いんです・・・)。
ここ20年はパワースポットの「石神さん」がにわかに有名ですが、
もとは鯨漁もやっていた古き良き漁村です。

今回は、昭和50年代以降の相差地

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打ち合わせに行く

打ち合わせに行く

この秋に予定している父の写真展の打ち合わせに来たのだが、先方を待つことになって、会場に併設のカフェに入った。

父は相手とのコミュニケーションが不安だと言った。

父は耳が遠い。歳を考えると相応のような気もするけど、一緒に暮らす母は苦労をしているみたいで、安全のことも考えて、補聴器をしたほうがいいんじゃないかと思っていた。でも、それを薦めるのは気まずかった。

そこへ来て、父の口から、じつは補聴器

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動き出した

動き出した

50年、趣味で写真をやってきた父が、初めての写真展を、この秋にやる。

GRIIIを贈った。キタムラのネット通販で見つけた中古品だけど。父は、「こんなんもらったら、外に出たくなるわ」と、言ってくれた。

「ソ連の人工衛星が落ちたとき新聞に写真を載せてもらった」

昨日の夜、友人の父親である画家から電話があって、「親父さんの写真を、あなたが編集をして形にしたほうがいい」と言われた。その人も、ぼくの父親も、何十年と、別の仕事をしながら絵や写真を続けてきた。

父の写真のこと

父の写真のこと

父はすでに、膨大な数のフィルムやプリントを全て処分してしまっていた。劣化して張り付いて、使いものにならなかったらしい。一部は自分でスキャンして、データ化してあった。モノクロの、古い漁村の写真ばかりだった。お節介をして何人かの知人に見せてみたら、明るい方向に動き出した。