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命を燃やす

※ 頭が回らず書いてる病み日記なので閲覧注意です⚠

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生きていれば誰しもが死ぬ。
きっといつか燃料が無くなって息が途絶える。
ただその時間が長いか短いかの違いだけだ。


最近自分の様子がおかしい。
異常なまでに希死念慮の塊に頭を支配されている。


こうなってしまった原因は思い返せばいくらでも出てくる。
でも、一つ一つを取ってみれば乗り越えられる小さなものだった。
ただ全部が積み重なって文字通りの "崩壊" が起きただけだった。



根底にあるのは至って単純だと思う。

・死にたいということの慢性化
・自分という人間の力のなさ
・ずっと誰かに愛されたい必要とされたいと思う孤独感

たったこの3つだけだと思う。
今回はそれがすべて肥大化してしまった結果なのかもしれない。



前置きが長くなってしまったがこれを書いている理由も至って単純。
今まで手を出すのを辞めていた命を止めるブツを購入したからだ。
それが明日届き、もういつでも飛び立てるまで来てしまった。


来てしまったという表現が正しいのかはわからない。
やっと来た、やっとここまで来たといってもいいかもしれない。
無数の死にたいという気持ちとともにしてきた欲望を叶える一歩をまた踏み出したにすぎないとも捉えられる。


ここ数年の病みはもう手に負えないレベルになっている。
毎回病むたびに決意が強く、着々と準備が進んでいく。
飛び立つのは今回かもしれないし、あと数回先かもしれない。
いずれにせよあと10回以内の病み期で僕の心は耐えられなくなる。
そんなことに薄々気がついてしまっている。


だからこそ時間の問題にしかすぎないと思ってしまっている。
早かれ遅かれ死ぬ。だったらもう辛くならないうちに、死ねるうちに死んでしまいたい。そんな思いが強くなっているんだろう。


「こんなことを書いて何が伝えたいんだ。」
そんなことを思うかもしれない。伝えたいことなんか特にない。
ただいつ死ぬかわからないうつ病である自分をコンテンツとして生きてきた身として残しておきたいだけなんだ。


最近様子がおかしいのを見かねて心配してくれる友人やフォロワーさんが何人かいた。メッセージをくれてありがとう。ちゃんと読んでます。


メッセージを貰ったこと自体は嬉しいし泣きもした。
でも心の奥底にはもう刺さらない。誰がなんと言おうと "死なない理由" にならないのが自分でも悲しい。そんな自分に末期さすら感じている。


『誰かが悲しむから死んじゃいけない』
そんな言葉をよく聞く。実際そうなのだろうか?
悲しむことはわかってるし、誰かを辛い思いにさせるかもしれない。
ただ、その人が一生支えてくれる、辛いときもずっとにいてくれる、ここまで病む前に助けてくれる、そんな保証はどこにもないじゃないか。


結局闘うのは自分自身でしかない。
それに勝つか負けるか、そんな個人の話だと思っている。
きっと死ぬときはその闘いに破れたにすぎないのだろう。


「誰かが死ぬかもしれない。
だからそれを止めたい。」


そんなことは僕も思う。
他の誰かがそうなってたら何かしら手を差し伸べるだろう。
それはいいことだとも思う。なんなら自分のエゴでできることは何でもしておいたほうが身のためだとも思う。できることはしたほうがいい。


ただそれが本人に届くかは別の話ということ。
今回は残念ながらまだ刺さらない、刺されば元気になるかもしれない。
だから人生なんて結局最後は "運" と "タイミング" で変わるものなのかもしれない。



最後に少しだけ話しを変えよう。


僕が最初に本気で死にたくなったのはもう9年前の中1の夏だ。
あのときは刺殺をしようとしたが怖くてできなかった。
あれ以来「死んでも後悔しない人生を送ろう」、そして「あのとき死ななくてよかったと思える人生にしよう」と心に決めていた。


後者の「あのとき死ななくてよかったと思える人生にしよう」
は実は3年後の高校1年生で達成した。体育祭が終わった時だった。
実際なんでそこで思ったのかはわからない。でもあの日を迎えたことで死ななくてよかったと思えるようになった。あの日は生きててよかったと思えて涙して帰ったのを覚えてる。不思議な感覚だった。


前者の「死んでも後悔しない人生を送ろう」は今日でも大事にしている。
実際にもう今死ぬと宣告されても後悔ない人生だと思う。それくらい毎日命を燃やして生き続けてきた。


最近自分の『ただ話を聞く』というサービスがもし別の自分として利用できるなら利用したいとやっと思えるようになった。生まれ変わってこのサービスに出会ってたら人生変わったかもしれない。
そんなものが提供できたこと。中学生の頃からの夢だった、自分と同じような境遇の人を救うということはある意味達成されつつあるのだと思う。
そんな達成感、人生の長いロスタイムに疲弊して絶望してるだけかもしれない。


全体を通して見たら人よりも上手くいってる人生かもしれない。
今抱えてる課題はほんとに小さな小さなどうでもいいことかもしれない。
だけどそれですら崩壊するような人間だし、うつってそういうものなんだ。


正常な判断なんかもうできやしない。
こうなる前にどうにかしないといけないんだ。


いつどうなるかわからない人生。
数日浮上でもしなくなったら入院してるか死んでるとでも思っててほしい。
もし毎日浮上していたらこいつこんな事書いて死ねなかったんだなとでも笑って見届けてくれ。


決して自殺をほのめかしたくて書いてるわけじゃない。
ただ今自分の頭にあるものを書き出して、誰かに届けばと思ってる。
それが僕の命の燃やし方だから。


ではまた。

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