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良い塩梅

4年前に他界した義父は、私によく、こんなことを言っていました。

「ちーちゃんは、真面目だな。」
「そんなに根を詰めるなよ。」

私はこの家に嫁いでから9年間、義父母の経営するお店の手伝いをしていました。お店では、お中元やお歳暮が近づくと、新聞の折り込みチラシを出していたのですが、そのチラシの原稿を作るのが私の仕事でした。

オススメの商品や、新商品を写真に撮り、加工して埋め込んだり、写真に添えるコメントを考えたり、シーズンに合った挿絵を選んだりすることが楽しくて、夢中になっていると時間があっという間に経ってしまったのでした。

夕方になり、保育園へ娘を迎えに行き、娘と一緒にお店に戻り、チラシの原稿作りの続きをし、お店の閉店時間になると義父母が娘を家に連れて帰り、私はお店にひとり残り、作業を続けていました。

暗く静かな店内での作業は集中できて、私にとっては絶好の時間。夢中になっていると義父から電話が入り、
「ちーちゃん、根を詰めるなよ。今日はもうやめて、帰ってごはん食べろよ。ごはん、冷めてしまうぞ。」
と作業終了の連絡が入るのです。

長時間お店にいて、身体は疲れているのは確かなんだけれど、私は切りの良いところまでやり遂げたい気持ちが強く、義父の言葉を聞き入れないで、
「大丈夫だから。ごはんはそのまま置いておいてください。」
と返してしまうこともありました。

義父は生前、365日、開店時間から閉店時間までお店にいましたが、息抜きがとても上手な人でした。いつも決まった時間に隣の定食屋さんのカウンター席でコーヒーを1杯のみ、ちょっと居眠り。お正月の箱根駅伝を毎年楽しみにしていて、休憩室でタバコを吹かしながらテレビ観戦。私が保育園から娘をお店に連れて帰ってきたら、娘とお店を抜け出し、コンビニやスーパー巡り。毎週火曜日と土曜日は、行きつけの居酒屋へ行ってからの、お気に入りのスナックやラウンジ通い。

これだけ書き連ねると、仕事はちゃんとしてるのか?という疑問がわいてきそうですが、頭の切れる人で、お店全体のことはちゃんと把握していて、スタッフへの指示も的確でした。ときには豪汗をかきながら仕事をしていた義父の姿を、今でも思い出します。

そんな義父をいつも見ていて思ったことは、「私には真似ができないな」ということ。私はというと、ひとつのことに集中しすぎてしまい、食事も後回しにし、時間も忘れ、自分の身体が疲れていたとしても気にしていられないのです。そして後になって、ドッと疲労感に襲われます。

自分では気付いているのだけれど、その時はやらないと気が治まらないんです。しかし、良い塩梅に仕事をする義父は、「もっと力を抜いて良いんだぞ」というメッセージを私に送っていてくれたのかもしれません。

この、根を詰める性分はいまだにあって、気付いたときには疲労感でいっぱいになっていることがあります。

先日、私が義母に
「良い塩梅って、難しいね。」
と言ったら、
「ちいさんの言いたいこと、よく分かるよ。私も良い塩梅が分かるようになってきたのはつい最近。私も若い頃は体力があるから、目一杯にやって、その後グッタリしてしまってね。私の性分を知ってか母親に、良い塩梅でやっていかれ~、ってよーく言われたよ。
 自分の身体が無理効かんようになってから、やっと良い塩梅が分かるようになったかもしれんね。なかなか一朝一夕にはいかないもんねなんだよね。」
と話してくれました。

義母が私の性分を理解してくれているだけでも嬉しく思いました。そして、すぐに良い塩梅が分からなくても、根を詰め過ぎている自分に気付いたら、気に掛けていてくれた義父の言葉を思い出し、「良い塩梅、良い塩梅」と唱えてみようと思います。



ヘッダーは、みんなのフォトギャラリーで、義父によく似ていた絵が目に飛び込んできたので使わせていただきました。義父はこんな風にタバコを吹かし、優しい顔でいつも私たちを見ていてくれました。
umicoさん、素敵な絵を使わせていただき、ありがとうございました☆彡

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