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黙っていても心置きなく居られる空間

夫と娘の共通の話題はアニメ。二人がアニメの話をし始めたら、あのキャラクターはどうだの、あのシーンはこうだのと夢中になって話をしているけれど、側で聞いている私にとってはチンプンカンプンな話。私だけ置いてけぼり、というより蚊帳の外。

二人は楽しそうに話し、その隣で私はぽつり。しかし、黙っていても心置きなく居られるこの空間が好きだ。

最近の夫と娘のアニメの話題といえば『呪術廻戦』だ。

1ヶ月前くらいに、娘のもとに届いた本といえば、大友克洋監督の作品集。待ちに待った本が届き、娘は大喜びしていた。その頃の娘は、呪術廻戦の「じゅ」の字もないように見えた。夫もいつ頃から呪術廻戦に興味を持ち始めたのかがわからない。

いつの間にか、二人の共通の話題が呪術廻戦になっていて、私が二人より先に就寝したとき、夫と娘は『劇場版 呪術廻戦 0』を観に行く計画を立てていたらしく、ある日、一緒に観に行こうと私を誘ってくれた。

しかし、私は『呪術廻戦』が全く分からない。

一昨年、『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』が公開され、その時も二人は私を誘ってくれた。鬼滅の刃は、友人の息子さんが愛読していて、私に「面白いよ」と紹介してくれたことがあった。幼いころからその子は、自分が好きな漫画をいつも持ち歩いていて、会った時にはいつも自分の好きなページを私に見せて、

「ちいちゃん、ここ面白いから読んで。」

と漫画を差し出してくれた。私はそういうのに弱いのだ。その子が愛読していた鬼滅の刃だったから気になっていて、夫と娘から誘われて尚のこと観てみようと思った。

映画鑑賞の日までには、Amazon Prime Videoでテレビアニメをひと通り観て、話の流れは掴めた。当日映画館では、家族それぞれが目に涙を浮かべながら、心を燃やした。

それから約1年後、夫と娘は再び私を映画に誘ってくれたけれど、今回は私のスイッチが入らなかった。ひとりでお留守番することも考えたけれど、家族で出かけるチャンスを逃すのはもったいないような気もして、あれこれ考えているうちにひとつの案が浮かんだ。

一緒に映画館に行き、私だけ違う映画を観る。

娘も私のことを察し、同じ時間帯に放映されている私が興味を持ちそうな映画を一緒に考えてくれた。放映中の映画の中で気になった映画は、夫と娘が観る映画の入場時間が10分違いの『フレンチ・ディスパッチ』だった。

早速インターネットでそれぞれの座席を予約し、放映時間に合わせて3人で映画館へ向かった。

夫と娘を入場口で見送り、10分ほど待って私も別スクリーンに入場した。ネット予約した時点では私ひとりの予約だったが、私が席に着いてからも扉の開け閉めの音は聞こえても、観客は誰も入ってこなかった。

始めのうちは観客ひとりの状況に心落ち着かず、さらには『牛首村』の予告映像を観て足下がゾクゾクしていたけれど、本編が始まったらひとり鑑賞を堪能しようと心も定まり、座席に身を任せた。

映画の細かな感想は書かないけれど、『フレンチ・ディスパッチ』の世界観が面白かったし、映像も絵画のような色合いが好きだった。

そして、映画を観ながら気づいたことがあった。私は映画鑑賞中に、他の観客の動きにやたらと目がいってしまう。首を緩めるために少しストレッチをしたり、ジュースやポップコーンを手に取り食べたり、他の観客の動きに反応してしまう。決して迷惑行為をしているわけではないのに。逆に私も同じことをしようとすると、やたらと気を張ってしまう。

だから他に気を取られ、映画のストーリーが途切れ途切れになってしまうことがある。それでもたまには大きなスクリーンで映画を観たくて、映画館に足を運ぶ。

しかし、この時は他の観客の動きに気を取られることなく、そして自分の動きに気を張ることなく、映画に集中することができた。リラックスしながら観られたことで、長い間、映画の世界に浸ることもこともできた。

先に見終わった夫と娘と落ち合い、私の様子を見て娘は

「ママ、映画楽しかったんだね。出てきた時のママ、嬉しそうだったもん。ひとりぼっちの映画館、良いなあ。」

と言った。いつもと違って、今回の映画鑑賞は確かに楽しかった。

帰りの車の中では、夫と娘は私には分からない単語を連発しながら、映画について興奮気味に話をしていた。私は助手席に座り、二人が楽しそうに話す声を耳にしながら、黙っていても心置きなく居られるこの空間が、やっぱり好きだなあと思った。

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