見出し画像

わたしも50歳になったらアフロにして人にモテたい。


 稲垣えみ子さんの『魂の退社』を読んだ。
 読んだ、といっても、はじめてこの本を読んだのは数年前のことである。それからこの本が大好きになり、これまで何度も読み返してはいたのだが、このたびあらためて読み直して「やっぱりこの本はすばらしい」と思ったので、紹介をさせていただきたいと思う。

 作者である稲垣えみ子さんはこの本を書いた当時、51歳。
 大学卒業後に朝日新聞社に入社し、この本を書く約半年前に退社をした。51歳で退社したということで、勿論定年にはだいぶ早い。ましてや誰もが知る大手の新聞社を辞めるということは、かなりの勇気が必要だったことだろう。実際、辞めるときには周囲の人間から「もったいない」とかなり言われたらしい。それでもえみ子さんが朝日新聞社をやめたのはどういう経緯があったのか。それを読み進めていくと、えみ子さんの非常におもしろい人生観を知ることができた。


■40代半ばでアフロにして、モテ期が訪れる

 
この本を読んでいてまず驚いたことが、えみ子さんの髪型はアフロであるらしい。しかもえみ子さんがアフロにしたのはまだ会社員としてばりばり働いていた40代半ばのこと。それだけでも驚きなのだが、えみ子さんいわく、「アフロにしたら、モテ期が訪れた」のだという。

 アフロでモテる?とふつうなら首を傾げる事実である。
 ましてやえみ子さんは女性なのだ。女性でモテる髪型、といえばふつう肩まで伸ばしたさらさらの髪であったり、ウェーブのかかったゆるふわな髪であったり、茶髪に染めたおしゃれな髪形だったりする、というのが一般的なイメージだ。
 しかしそうしたイメージを覆すのが、アフロにしたえみ子さんに実際に起こった次のエピソードである。

 一人で居酒屋に入ると、見知らぬおじさんが「オネエちゃん気に入った!お酒1杯おごったる!あと一品もおごる!」。気づけばお店の人からも「サービスです」と枝豆がそっと机に置かれたりする。カフェで原稿を書いていたらビルの上からアフロを目撃したサラリーマンが「面白い人がいると思って飛んできました」といきなり現れ、「今夜飲みに行きましょう!」と執拗に誘われたこともあったっけ。
 さらに外国人には「ユアヘアー、ナイス!ちょっとお茶飲みに行きませんか」としょっちゅう誘われるし、よく通る道沿いのお店に入ったら店主がすごい勢いで出てきて「いつ来てくれるのかと思ってました」と満面の笑顔。夜の帰り道でスナックからおじさんが飛び出してきて「一緒に飲もう!」とナンパされたことも3回ある。(中略)本屋さんで立ち読みをしていたら若い女性に「あのー、もしよかったら友達になってくれませんか」と言われたこともある。
 いったい、何なんでしょうか、この人気っぷり。

  と、かなりのモテっぷりを書いている。
 そしてえみ子さんは「ここまでモテにモテていると、もしかしたらこれで食っていくことができるんじゃないか?」と思ったのだという。

 だって、実際にお酒とかお茶とかおごってもらえてるし。
 しかもその理由はただ「アフロにした」っていうそれだけだし。
 えーっと。人生って、もしかして、意外と、ものすごくバカバカしいものなんじゃないか?

  で、実際にえみ子さんは朝日新聞社をやめてしまった。 




 冒頭にも書いたように、朝日新聞社をやめると、周囲の反応は驚くほど同じで、多くのひとに「もったいない」と言われたのだという。
 『朝日新聞社』といえばいわずとしれた大企業である。給料も高く、名前も広く知られている。えみ子さんは新聞で読者から評判のいいコラムも連載していていて居心地もよかったらしい。
 なのにどうしてそんな恵まれた境遇を捨てるのか。新聞社にいた方がいろいろと「おいしい」じゃないか、と周りからいわれたそうだが、えみ子さんはこう書いている。

 あえて一言で言えば、私はもう「おいしい」ことから逃げ出したくなったのだ。
(中略)
 なぜなら、大きい幸せは小さな幸せを見えなくするからだ。知らず知らずのうちに、大きい幸せじゃなければ幸せを感じられない身体になってしまう。
 仕事も同じである。高い給料、恵まれた立場になりきりってしまうと、そこから離れることがどんどん難しくなる。そればかりか「もっともっと」と要求し、さらに恐ろしいのは、その境遇が少しでも損なわれることに恐怖や怒りを覚え始める。その結果どうなるか。自由な精神はどんどん失われ、恐怖と不安に人生を支配されかねない。 



■降りられない「欲望」という名の列車

 そんなことを書いているえみ子さんだが、朝日新聞社で働いていた若い頃はかなりの豪遊生活を送っていたのだという。
 好きな洋服は買いたい放題。月に一度はお気に入りの洋服屋さんにいって山盛りの洋服やら靴やらを片っ端から試着し、何点も買う。化粧品もやたらと高いものを買い、いったん高いものを買ってしまうと、安いものには戻れなくなる。10日に一度は高いお金でエステ通いもしていた。 
 しかし洋服を買っているときは幸せなのだが、その大量の洋服の紙袋をもって家に帰ったとたんに、とたんにその紙袋をあけることすら面倒くさくなる。なぜならクローゼットにはもうすでにパンパンに洋服が詰まっているから。
 それを見る度にたしかに苦痛を感じる自分に気づいているのに、それでもまたシーズンが変わると洋服屋に行き、大量の洋服を買う。それをくりかえしていたのだという。 

 それ以外の方法で自分を楽しませ満足させる術を知らなかったからだと思う。
 そう思うと当時の自分を抱きしめたくなります。あれはあれで必死だったのです。何かが違う気がする、このまま突き進んで行った先はもしや果てのない地獄なのではないか、このままではヤバいのではないかと心の奥底で密かに恐れつつ、ただひたすらに、それなりに懸命だったのです。

 


 そんなえみ子さんの転機は、38歳のときに人事異動で香川県の高松に異動を命じられたことから始まります。
 会社の後輩からは「いよいよ島流しですか」といわれ、自分でも「飛ばされた」と初めはマイナスに感じていたえみ子さんだったが、そこでえみ子さんはいままでのような『お金で感じる幸せ』ではなく、『お金がなくても幸せな生活を送ること』にシフトチェンジしていくのです。

 この考え方の変化をするエピソードなどはとてもおもしろいので、くわしいことはぜひ本を買って読んでほしいなと思います。





■この本を読んで感じた「モテる」という定義

 最後にえみ子さんはエピローグにてこう書いている。

 でも言われてみれば、会社を辞めてから明らかに変わったことがある。
 ものすごくモテ始めたということだ。
 正確に言えば、そもそもアフロにして以来モテ始めていたのだが、会社を辞めたら、そのモテにまさかの拍車がかかっているのである!

 勿論、ここで書いている「モテる」というのは異性にモテる、というよりは人にモテる、という意味合いの方が強いだろう。
 だがそれこそが人間にとっていちばん重要なのではないか。



 わたしたちは一般に「モテたい」と思ったときに、雑誌から、本から、ネットから、一般的に『モテるためにどういう髪形をしたらいいか』『どういう服装でいたらいいか』『どういう行動をとったらいいか』ということを情報として知る。
 だけどそれは大抵は同じようなことを書いてあり、それを参考にした場合、全員が同じような髪形、服装、行動になりがちである。


 そうしたときに「あえて普通からはずれる」「ひととは違うことをする」ということを見逃してしまう。
 えみ子さんはあえてそうすることで、人から『モテ始めた』のではないか、と思う。


 そう思うと「モテる」ということは非常に奥深いものだと思う。
 ……わたしも50歳になったら、アフロにしようかな。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?