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梅の実ころりん


「おぉ、待って待って」

梅酒を漬けるために洗った梅の実を
キッチンペーパーで拭きながらヘタを取っていると、
ポロンと梅の実が私の手からこぼれ落ちた。
そのままコロコロと床を転がっていこうとする梅を
「待って待って」と言いながら拾い上げた私は、
(これじゃまるで、おむすびころりんだな)と思った。
日本昔ばなしの「おむすびころりん」は
おばあさん手製のおむすびを、正直者のおじいさんが落とし、
コロコロとネズミの穴に転がり落ちてしまうところから物語が始まる。

拾った梅の実を見ながら私は思う。

もし我が家の床に、ネズミの穴が空いていたら、
どうなっていただろう。

落とした梅の実がコロコロ転がり、ネズミの穴に吸い込まれていく。
「あぁ!私の梅酒のための梅がぁ!」
と嘆いていると、落とした穴からこんな歌が聞こえてくるのだ。

「梅の実ころりんすっとんとん♪ 梅の実ころりんすっとんとん♪」

一人で家にいる時に突然聞こえてくる陽気な歌ほど怖いものはない。
心霊現象を疑い、私なら恐怖に打ち震えるだろう。

しかし、おむすびころりんの主人公である正直じいさんは、
かなり太ましい神経の持ち主のようで、
「おむすびころりんすっとんとん♪」
という、突然聞こえてきた謎の歌に全く驚かない。
普通は人里離れた山で歌が聞こえてきたら、
「誰だ!誰かいるのか?」
と周囲を見回したりして、多少は怖がりそうなものだが、
この正直じいさん、聞こえてくる歌のリズムに合わせて
陽気に踊りだすファンキーな人なのだ。
それだけではない。
「もっと聞きたいっ!」
とアンコールを所望するあまり、
せっかくおばあさんが握ってくれたおむすびを、
全部ネズミの穴に放り込んでしまう。

推しには米を惜しまぬスタイル。

今の時代に正直じいさんが生きていたら、
AKBや乃木坂の皆さんに、かなりの額をつぎ込んだに違いない。

だが、私はそんなことをしている場合ではない。
これから梅酒を漬けようとしているのに、
「すっとんとん♪」に付き合っている暇などないのだ。
謎の歌を聞くよりも、落とした梅の実を拾いたい。
私は、そのへんに梅の実がひっかかっているのを期待して、
肩まで穴に腕を突っ込み、手を伸ばす。
しかし、そこは運動神経皆無の私のことである。
案の定バランスを崩し、穴の中に転がり落ちてしまった。
ちょっとした事故、いや、かなりの大事故である。

転がり続けて落ちた先にはネズミの御殿があった。
行ったことはないが、大江戸温泉物語を彷彿とさせる御殿である。
ひとっ風呂浴びようか、なんて気にならなくもないが、
そんなことより、全身が痛む。
穴の中を転がり続けたのだから無理もない。
大きな音がしたのだろう。御殿から可愛い娘ネズミが
「大丈夫ですか?!」
と駆けつけてくれた。娘の手を借りながら、
私はほうほうのていで、御殿に入ると、
そこの主人である、娘のお父さんネズミもやって来て
「こりゃ難儀でしたなぁ」
と同情し、使いのネズミたちに私を介抱するように話してくれた。
一匹のネズミが言う。
「お召し物が汚れているようですから、私どもで洗っておきましょう。
その間に湯につかられてはいかがですか」
穴から転がり落ちたせいで、もともとボロかった私の部屋着が、
更に小汚くなっていた。
仕方がないので、お湯を頂くことにする。
まさか、大江戸温泉物語の風呂より先に、
ネズミ御殿の大浴場に浸かることになるとは思わなかった。

風呂からあがると、私が着ていた小汚い服が、
きれいに洗って乾かしてあった。
どうやら御殿には、高性能の衣類乾燥機があるらしい。
ネズミ御殿、想像以上に現代的である。
私が服を着て大浴場を出ると、ネズミたちが座敷に案内してくれた。
有り難いことに布団が敷いてあったので、私がそこに寝転ぶと、
ネズミたちが打撲は冷やしたほうがいいから、と
氷嚢と湿布を持ってきてくれた。
うつ伏せになってくれと言うので、そのとおりにする。
ネズミたちは、セイウチのごとく横たわる私の身体に上ってきて、
背中に湿布を貼ったり、腰に氷嚢を当てたりと、
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。
「おむすびころりん」というよりも、
まるでガリバー旅行記のような光景である。

本来の「おむすびころりん」では
正直じいさんは、ネズミたちの歌や踊りを観賞しつつ、
つきたての餅を腹いっぱい平らげるという、
ちょっとしたディナーショーを楽しむのであるが、
ネズミたちは、打撲を負った私に、
華やかなディナーショーは堪えると思ったのだろう。
騒ぐことなく、静かに介抱してくれた。

風呂に入り、打撲箇所を冷やしてもらったおかげで、
私は大分動けるようになってきた。
そろそろ梅酒作りの続きもしたい。
私がネズミたちに帰ることを伝えると、

「これをお持ち下さい」

と何やらお土産をもたせてくれた。

(もしやこれは!)

私の目は輝き、鼻の穴が大いに膨らんだ。
確か「おむすびころりん」の正直じいさんが帰宅後に、
ネズミからもらった手土産を開けると、
そこには小判がザックザクしていたはずだ。
おむすびを転がしただけで、ディナーショーに小判…
さすが干支のトップバッターを飾る生き物だけあって、
ネズミは相当な太っ腹である。
私が手渡されたこの手土産も、ザックザクしているかもしれない。

そうとわかれば、打撲の痛みもなんのその、
私はネズミにお礼を言い、手土産を抱え、そそくさと帰宅。
期待に胸をパンパンに膨らませながら手土産を開けると、

そこにはたくさんの梅の実が、
芳醇な香りをプンプンに漂わせていた。

まんまるとした梅の実を見ながら私は、
やはり大金を得る身分になるには、
正直じいさんのように、転がり落ちても無傷な恵体と、
「すっとんとん♪」という謎の歌声に怖がらない
強靭な精神力が必要なのだと痛感した。

「おむすびころりん」はその後、
正直じいさんの小判のことを知った、隣りの家の欲深いじいさんが、
わざとおむすびを転がし、ネズミ御殿に招かれるという展開になる。
見つけた小判を全部くすねようと欲をかいたじいさんは、
ネズミたちから反撃を食らい、その経験がトラウマとなり、
欲をかかなくなった、という結末だ。
じいさん、相当怖い思いをしたのだろう。
私も小判小判と鼻息を荒くせず、ネズミからもらった梅の実で、
おとなしく梅酒を漬けたほうがよさそうである。

とりあえず、ネズミたちには随分と世話になったので、
お礼に6Pチーズでも転がしておこうと思う。




ギャル語による「おむすびころりん」



お読み頂き、本当に有難うございました!