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また来たの?!と飛鳥大仏は言った

 飛鳥大仏が大好きだ。

 我が家では風呂、トイレ以外の場所には飛鳥大仏の写真を飾っている。有り難いことに飛鳥寺では、御本尊の写真撮影が許されていて、もう右から左から下から、バシャバシャ撮っても良いのだ。
 私のガラケーは飛鳥大仏の写真でいっぱいだ。なんというか、もう、惚れちゃったんですね。

 飛鳥大仏は、奈良県明日香村の飛鳥寺にいらっしゃる。
 明日香村……この令和の時代になっても、古(いにしえ)の空気を感じる。いつも万葉の風が吹いている。大げさでなく、本当に吹いているのだ。
 私は本当に、この明日香村が好きだ。こうしてその光景を思い出していると、あの万葉の風が、頬を撫でるような気がしてくる。

 私には苦手なものがある。

 子供の頃に、母からこんな武勇伝を聞かされていた。
「あなたが赤ちゃんの頃、ベビーカーに蜂が止まったのよ! 刺されたら大変!と思って払いのけようとして、お母さんが刺されたの!」
 私のおかげで刺されなくて済んだのだ、有り難く思えとばかりに、何度も何度もこの話を聞かされた。聞かされすぎて、いつの日か、本当に蜂が苦手になった。

 近年、スズメバチの害が叫ばれていて、テレビ番組などでも、蜂の攻撃シーズンになると、特集が組まれたりする。その映像の獰猛さ、ブオンブオンと唸る羽音に、すっかり私は蜂を怖がるようになってしまった。
 夏でも半袖を着ないようにしているし、蜂が静まるシーズンまでは、黒い色など、蜂が攻撃しやすい暗い色を、羽織らないようにしている。蜂に罪はないのだが、こればかりはどうしようもない。

 初めて明日香村に来たとき、飛鳥寺にも立ち寄る計画になっていた。しかしその日、早めに宿に戻るなら飛鳥寺には寄らずに帰ってもいいかな、という微妙な時間になっていた。このときの季節は夏。奈良の夏は本当に暑い。
私は歩き疲れていたこともあって、飛鳥寺には寄っても寄らなくてもいいくらいの気持ちでいた。しかし、夫が寄りたい、と言っている。ならば寄ることにしようと決め、飛鳥寺に向けて歩きだしていた。

 あと少しで飛鳥寺…という道の途中で、私はとんでもないものを目にする。

黄色と黒の縞模様。

 かつては獰猛に唸りを上げていたであろうスズメバチが、道の真ん中で息絶えていた。私は身体を固くした。思わず、
「この先、スズメバチがいるかもしれない、引き返さない?」
 と言った。夫はさも不満そうに
「えーーーー」
 と言う。その声色に、抗うことが出来ないような強い響きを感じた。せっかくここまで来たのだ、夫の希望は無視できない。私は、目をつぶって、エイヤッとスズメバチの死骸を飛び越え、小走りでなんとか目的地に到着したのだった。

 蜂への警戒心を溶けぬまま、怯えつつも拝観料を払い、ようやく飛鳥大仏と初対面したのである。

……驚いた。

 もう、なんというか、この感覚は何であろうか。飛鳥大仏から漂う空気に、全身が包まれていく。心までもが、やさしく、強く掴まれ、もう、ここから離れられないような気持ちになった。

 飛鳥大仏は606年に完成して以降、一度も動かされることなく、この飛鳥寺にいる。一歩たりとも動いたことはない。時代の波にさらされて、一時期はご本尊が剥き出しで、雨風にさらされたこともあったそうだ。それでも、ずっとここにいたのだ。

 そばを離れられなくなった私に
「ずっと、ここにいるんだから、またおいで」
 と言ってもらったような気持ちになった。

 宿に帰る道中、夫からは、自分のおかげで、この飛鳥大仏を見逃さず済んだのだ、有り難く思えとばかりに、
「ほら!来てよかったでしょう!」
 と言われてしまった。

 本当に来てよかった。

 それから私は、夫と二人で何度も飛鳥寺を訪れた。
 時には年に2回、行くこともあった。とはいっても、両手で数えられるほどなので、そんなに自慢できるわけではない。でも気軽に行かれる距離ではないので、やはり気持ちとしては、何度も訪れた。という気分になる。

 あれは何度目の来訪だったか、いつものように拝観料を払い、また来ましたよ~、と声に出さずに飛鳥大仏に話しかけると、
「また来たの?!」
 と言われたような気がしたことがある。勝手にこっちがそう思っているだけなのだが、何だかおかしな気持ちになり、フフフと笑ってしまった。

 あれだけ熱心に通った奈良であったが、最近はご無沙汰している。新幹線や、鉄道を使った遠出をあまりしなくなってしまった。飛鳥大仏にも、しばらくお会いしてない。でも今は、その姿を思い浮かべるだけで、飛鳥大仏のそばにいるような気がする。そして私は、また来ましたよ~と声に出さずに挨拶し、飛鳥大仏に、

「また来たの!?」

 と言われているのだ。

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