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風が語りかけすぎる

「風が語りかけます」

 このフレーズを聞いて、黙っていられる埼玉県民はいない。今となっては私も、黙ってはいられないだろう。

 埼玉に越してきてから数年が経った。
 それまで、ずっと東京暮らしで、埼玉のことはあまり知らないで生きてきた。正直、ほとんど東京と変わらないだろうと思っていたのだ。東京埼玉千葉神奈川、多少の小競り合いはあるようだが、ほぼ仲間と言っていいと思っていた。

 しかし違っていた。

 東京は、どちらかと言えば、蕎麦優位の土地柄だが、埼玉はうどん県の一員と言っていい。香川とまでは言わないが、製麺所も結構あるのだ。
 コレが、また、ウマイ。
 水で締めた麺を、温かい豚肉入りのつけ汁で食べる。野性味あふれる麺。つけ汁に浮かぶ豚肉と長ねぎ。ワシワシ噛むと、何だか力が湧いてくる。

 ずるずるワシワシ、ずるずるワシワシ

 すする音と咀嚼音で、リズムが刻めるようになってくると、うどんを食べるのが、より楽しくなってくる。

 串焼きといえば、東京では焼き鳥が多いが、埼玉ではやきとん。
 東松山の味噌ダレは有名だ。
 カシラ、ハツ、レバー、シロ、軟骨。焼き鳥では味わえない力強い旨味、肉感。噛みごたえを感じるのに、固くなく、きちんとやわらかい。
 そのお店それぞれの味噌ダレがあって、コレが本当に肉と合う。
 ビール、チューハイ、ワイン、どんと来い! 日本酒だっていっちゃうよ。
 そんな陽気な気分にさせる。

 埼玉に住んで、初めてやきとんを食べたが、こんなに美味しいものだとは思わなかった。
 まさにうまい、うますぎる、である。

 食文化だけでもこれだけ違うのだが、私が最大級に違いを感じたのは、例のアレである。

「風が語りかけます」

 これ、嘘です。
 埼玉県最大の嘘ですよ。語りかけてなんか来ません。

 その風は語りかけるような音ではない。
 ピョーーーーだ。
 ピョーーーーっと音がする。
 語りかけると言うよりも、遠くで誰かが笛でも吹いているかのようだ。
 そして東京に住んでいるのと同じ感覚で洗濯物を干したら、洗濯物が飛ばされそうになった。

 翔んで埼玉とは、よく言ったものだ。
 
 こっちに来て、初めて洗濯物を飛ばされないようにする道具を買ってしまった。

 埼玉で風が強いなんて言ったら、からっ風でおなじみの群馬県に怒られるかもしれないが、埼玉は風が強い、なんていう予備知識は無かったし、こっちは東京と大差ないと思い込んでいたわけで、強風対策をしなければいけないとは思ってもみないことだった。

 はじめのうちは、語りかけすぎる風に、
「おら、東京さ、帰りてえよぉ」
 と身を震わせたこともあったが、今ではピョーーーーっと風の音が聞こえてくると、
「おや? 今日も語るねぇ~」
 と、言えるくらいの平常心を保てるようになった。

 住めば都である。

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