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埼玉、千葉県の特産品に手を出す

 「ねぇねぇ、見てこれ」
 夫がホクホク顔で、私に買い物バックの中身を見せた。
 そこには大人の握りこぶし大のビニール袋が3つ。中には落花生が入っている。
 「あら、どうしたのこれ?」
 「いつもの農家さんの無人販売に置いてあったから、買ってきた」

 数年前に東京から埼玉に越してきたとき、無人販売所の多さに驚かされた。販売所と言っても、普通のお宅の軒先に野菜が並んでいる簡易的なものだ。ちょっと心許ない鍵付きの木箱が野菜の横に置いてある。その箱には貯金箱のように小銭が入れられる穴が開いており、そこにお代を入れていく。長ネギ、大根、青菜、ニンジン、様々な野菜が売られているのを見てきたが、落花生が売られていたのは初めてだった。

「落花生って言ったら、千葉県のイメージだけどね」
 私がそう言うと、
「最初見てびっくりしたよ。埼玉でも落花生採れるんだね」
 夫も意外に思ったようだ。

 千葉県の特産品といったら、何と言っても落花生である。千葉県産の落花生は高級品。当然のように味もいい。千葉県産の落花生を使ったお菓子も食べたことがあるが、どれも美味しかった。

 落花生と言ったら千葉。

 そんな思い込みのせいか、私は、埼玉県産の落花生が目の前にあるという事実を受け入れて良いものか、戸惑ってしまった。千葉県の特産品の代名詞である落花生を、埼玉が作ってしまってもいいのか。そんな思いがよぎる。

 浦安にあるディズニーランドを、「東京ディズニーランド」と名乗らせるくらい懐の深い千葉県民である。埼玉県が落花生を作ることくらい、何とも思わないのではないか。
 そうは思ったものの、それは相手が東京だから「名乗らせてやるよ」と威勢よく言えるのであって、埼玉が落花生を作っているなどと千葉が知れば、

「おぉん?なに?お前たち、俺らのシマ荒らす気なの?」


 と襟首を掴まれてしまうかもしれない。前千葉県知事の森田健作氏が竹刀片手に乗り込んでくる可能性だってある。現在71歳。知事を退いたからといっても、昔取った杵柄で、その腕から振り下ろされる竹刀には、まだまだ威力がありそうだ。そのとき埼玉県知事は、きちんとした対応ができるだろうか。非常に心配である。

 「せっかくだから食べてみようよ」
 一抹の不安を抱えながら、埼玉県産の落花生を眺めている私に夫が言った。森田健作の対応は、埼玉県庁に任せることにし、私は夫が買ってきた落花生の袋を開封してみた。

「ん?」
 何だか違和感がある。お店で買うような香ばしい匂いがしない。ものすごく癖の強い落花生の匂いがする。やはり埼玉県産だからだろうか。そんなことを思いながら触ってみると、少しだけ土が付いていた。
「あなた、これ、生だよ。土ついてるもん。たぶん、そのままじゃ食べられないと思うよ」
「え、そうなの?」
 夫は驚く。私も生落花生を触ったのは初めてだったので、どのように食べたらいいのかわからない。ネットで検索してみて、一番シンプルな「茹で落花生」にして食べることにした。

 土汚れをきれいに洗う。2リットルのお湯に50グラムの強めの塩で30分茹でて火を止め、そのまま10分置く。
 工程は簡単だが、茹で時間が長くかかることに驚いた。枝豆だと10分もかからないが、やはりあの硬い殻と一緒に茹でるとなると、塩の量も多くなり、時間もかかるのだ。
 早速、食卓に茹で上がった落花生を並べた。

「あ~、いい匂いだねぇ」
 夫が鼻をひくひくさせる。茹で上がった落花生は、生のときのような癖のある強い匂いは無くなり、煎ったような香ばしい匂いに変わっていた。

 早速、茹で立ての落花生を手に取ってみる。
 茹でてあると殻も柔らかく、ふわっとしている。いつもの落花生は硬い殻の隙間にグイグイ爪を入れて剥いていくが、茹で落花生は殻の隙間にスッと爪が入るので剥きやすい。パカッと殻が開くと、中から白い湯気に包まれた豆が現れた。

 枝豆は房ごと豆を吸うようにして食べるが、茹で落花生は殻を開いて、豆を取り出して食べる。この取り出す感じが、高級なベロア地のジュエリーケースを開けて、宝石を取り出すような、あの感じに似ている。楽しく嬉しいけれども厳かな感触だ。

「おいしいねぇ」

 夫は、ホクホク顔で自分が買ってきた落花生を味わいながら、ビールを飲んでいる。食感は枝豆、香りや味は落花生といった不思議な食味で、枝豆同様、ビールにとてもよく合う。

 生まれて初めて食べた茹で落花生は、夫の表情のようにホクホクしていて、季節を感じる何ともオツな味だった。





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