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妻はバカちん

 夫が起きてきた。
 いつもより早く起きてきたような気がしたので、
「あれ、今日7時半に出るんじゃなかったっけ?」
 と私が言うと、

「なぁに、すっとぼけたこと言ってんだ、このバカちんがぁ!」

 と、夫から軽快なお叱りを受けた。私は出勤時間を誤って記憶していたのである。

 「バカちんがぁ!」と勢いよく言われ、一瞬、テツヤが来たのかと思った。もちろん、小室ではなく、武田の方だ。私の誤ちが夫の中に眠っていた武田鉄矢を目覚めさせてしまったようである。
 鉄矢が目覚めたとなれば、金八だって黙っちゃいない。我が家に3年B組の気配が漂い始めた。そうなれば私の中で爆睡中の三原じゅん子も長い眠りから覚醒しようというものだ。
 しかし、今このときに「ボディーボディー」と言っている暇はない。ややこしくなるので眠らせておくことにした。

 とはいえ「バカちんがぁ!」と言われると、不思議と背筋が伸びるものである。金八顔負けの勢いに押され、私は素早くキッチンに向かい、猛スピードでお弁当のおにぎりを握った。

「はい!バカちんが握ったおにぎりでございます!」

 そう言って丁重に差し出すと、夫はニヤリと笑ってそれを受け取り、リュックに詰めた。金八先生のような肩掛けカバンじゃないのが残念である。

「行ってきます」

 夫が出かけて行った。
 埼玉県民であるにもかかわらず、私の脳裏には荒川の土手を歩いていく夫の姿が浮かんできて仕方がなかった。

 もしかしたら今頃、ジョギングをする外国人の方とすれ違っている頃かもしれない。




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