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海苔煎餅みたいな餅を焼こう!

 餅は、インスタント食品だ。
 密かに、私はそう思っている。確かに、カップ麺ほどの気軽さはないけれど、それでも餅は、常温保存ができて、焼けばすぐ食べられる便利な食材だと思う。

 餅といえば、やはり正月を連想してしまうが、正月だけでなく、忙しいさなか、小腹を満たすのに、餅は案外、最適な食品でもある。

 我が家は春夏秋冬問わず、年中、餅を常備している。
 休日、私がぼんやり寝過ごしたりすると、夫が餅で飢えをしのいでいたりするし、朝早い勤務のときも、餅を焼けば、それこそ、お茶漬けをかきこむのと変わらぬ時間で、お腹を満たすことができる。

 ちなみに我が家で「餅」といえば、海苔を巻いた醤油味の磯辺巻き一択。もちろん元日はお雑煮、鏡開きにはお汁粉を頂くが、それ以外は、磯辺巻きしか食べない。
 なぜ?
 と、言われてもわからない。夫が頑なに磯辺巻きしか食べないからだ。

 夫は、新潟県の上越地方の出身。
 故郷には当然の如く、田んぼが広がり、秋には黄金色の穂が頭を垂れる。妙高山が美しい。
 そんなところで育った男なのだから、当然のように餅にはうるさい。

 結婚して間もない頃、夫が焼き網で丹念に何度も裏返しながら餅を焼く姿を見たとき、脈々と受け継がれた米どころの血を感じたのは言うまでもない。私も妻として、この技を受け継がなければならないのかと、その重責に身が引き締まる思いがしたものである。

 しかし、引き締まったのは思いだけで、実際、身の方はあまり引き締まらずに時が過ぎてしまったのだが、餅の方はそれなりにうまく焼けるようになった。それこそ十年位前までは、よくダメだしをされたが、最近は諦めたのか、満足したのか、ダメ出しはされなくなった。

 夫は今でもゆっくり様子を見ながら餅を焼くが、私は高速で焼き上げる方法を取っている。

 電子レンジである。

 いきなり邪道を行く方法で申し訳ないのだが、夫の焼き方だと20分以上はかかってしまう。
 それこそ火鉢に網を載せて、好きな本でも読みながら、たっぷりした気分で焼くくらいの余裕がないと焼けない代物なのだ。

 1分ほどレンジにかければ、カチカチのお餅も柔らかくなる。
 そこですかさず、厚手の鍋(なければ空焼き可能な普通の鍋でもいい)にその餅を乗せていく。

かなり膨らんだ状態。

 もし、くっつくのが心配なら、くっつきにくいアルミホイルか、クッキングシートを鍋の上にひくのをお勧めする。


 ちなみに私は、頂き物の厚手の鉄製フライパンで焼いている。


 鉄のフライパンにしても、ステンレスパンにしても、しっかり余熱をすればあまりくっつくことはない。しかし、餅に醤油をつけてそのまま置くと、たちまちくっついてしまうので注意が必要だ。

 まだ何もつけていない段階であれば、餅はくっつかない。
 弱火(とろ火)のまま、頃合いを見ながらひっくり返していれば、そのうち餅がプゥーッと膨れてくる。

 そうしたら、適量の醤油を入れた容器に餅を入れ、まんべんなく醤油をつける。焼けて乾いたところに染みた醤油の香ばしい匂いが、鼻をくすぐってくる。

ジュッと音がする。

 そこで一帖を、縦横四分の一サイズに切った海苔を巻き、海苔がはがれないように気をつけながら、もう一度醤油をまとわせる。

醤油にドボン。


 醤油で湿った海苔の上に、更に一帖の四分の一サイズの海苔を巻き、ごくごく弱火で焼くのである。


 保温性の高い厚手の鍋なら、ここで火を止め、余熱で焼くくらいがいい。こうすると、外側の海苔は直接醤油をつけていないので、鍋に餅がくっつきにくいのだ。

黒い鉄フライパンに黒い海苔でわかりにくい…。

 醤油の湿り気を帯びた海苔が、徐々に焼けて乾いてくる。しかし、ここではできるだけ海苔を焦がさないよう気をつけたい。万が一、海苔が無残に焦げてしまったら、風味が台無しになってしまう。

 醤油で冷えていた餅が、徐々に膨らみ、赤ちゃんの腕のようにパンパンになったら完成。

先程より、膨れているのがわかりますか?


 できあがったら、グズグズせず、その場でかじりつく勢いで、早々に食べよう。このとき家族がのんびりスマホをいじっているようなら、𠮟り飛ばしても構わない。

 それくらい、磯辺巻きが美味しく食べられる時間は短いのだ。磯辺巻きの食べごろに比べれば、花のほうがよほど長命だと言える。

 餅というものは、我々が思っている以上にはかない食べ物なのだ。

 こうやって醤油をまとわせて焼いた餅は、見た目は磯辺巻きだが、味は海苔煎餅だ。外はパリッと、中はとろーり。

とろーりの図。


 最近、生チョコ、生キャラメル、生カステラなど、「生」がつく菓子が定番になりつつあるが、我が家の磯辺巻きは、言うなれば、生煎餅だ。

 銚子に、ぬれ煎餅という銘菓があるが、我が家の磯辺巻きはぬれた感じはない。それなのに、柔らかい餅の食感、餅本来の甘みが舌の上に広がり、ぬれ煎餅とは全く違った米の風味や食感を楽しむことができる。

 手間はかかるように見えるが、レンジでの時短、海苔が鍋にくっつかないおかげで、案外簡単に焼ける。砂糖醤油、きな粉、納豆もいいが、たまにはこうしたキリリと塩辛い餅も、舌が締まっていいものだ。

 よろしければ、お正月にでも是非一度、お試しください。



 ちなみに、生せんべいという名前のお菓子は既に実在します。こちらは甘いです。

 

 

 

お読み頂き、本当に有難うございました!