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その時、私はスクワットをしていた

 2019年9月26日、午後6時過ぎ。
 その時、私はスクワットをしていた。

 もう画面を見ていられない。どうか、このまま無事に終わってほしい。
 そう切に願いながら、私はただひたすらスクワットをしていた。ジリジリとした時が流れる。私の太腿も、もうパンパンだ。

 午後6時44分、豊島将之名人、投了。

 それと同時に、私は、スクワットを終え、子鹿のように脚を震わせながら、頭上高くガッツポーズをした。

 第60期王位、木村一基

 7回目のタイトル挑戦で、悲願のタイトルを獲得したこの人は、将棋ファンから、将棋の強いおじさん、と呼ばれている。

 そのおじさんが羽生善治九段を破り、当時名人だった豊島将之竜王に挑戦を決めたのは、2019年6月6日のことであった。
 豊島竜王は、序盤中盤終盤、隙がないことで知られ、あの藤井聡太二冠も、2020年11月現在、公式戦では、まだ豊島竜王に勝ったことがない。

 7盤勝負の事前予想も、豊島竜王の防衛を予想する声が多かった。
 その予想を覆して、何と、将棋の強いおじさん木村一基は、百折不撓ひゃくせつふとうの末、とうとうタイトルホルダーとなったのである。

 画面の向こうで、着物姿のおじさんが、目ににじむ涙を、手ぬぐいでおさえている。中継していたニコニコ生放送も、Abema将棋チャンネルも、コメントは祝福の嵐であった。

「おじさん…おじさん、よかったね、本当に良かった…」

 私もパンパンの太腿をさすりながら、涙を流した。

 私が応援のスクワットを始めたのは、7番勝負の第三局目辺りからだったと思う。
 私もできれば、普通に対局を見たかった。しかし、揺れ動くコンピューターの形勢判断と、対局者二人の真剣な眼差しに、私はハラハラドキドキした。矢も盾もたまらないとは、まさにこのことだ。
 何かせずにはいられない。
 気がついたら、スクワットをしながら応援していた。そして、そうしているうちに私は気づいた。

 なんか、スクワットしてると、おじさんが良い手を指す気がする。

 大いなる勘違いである。わかっていた。でも私は、その勘違いにすがるように、ひたすらスクワットをした。ある対局では、スクワットが1700回を超えることもあった。

 勝ってほしかった。勝って、おじさんに笑ってほしかった。きっと、はにかむように笑うんだろう。素直に喜ばずに、たまたま勝てたなんて言うんだろうな。そうなったら、どんなに嬉しいだろう。

 そう思うと、私はスクワットをやめられなかった。

 私は全く将棋を指さない。棋譜も何もかも、本当にわからない。それなのに、なぜこんなにも、おじさんを応援したくなったのか。

 おじさんは、実に魅力的な人なのだ。楽しくて、面白くて、優しくて、何だかちょっぴり哀愁がある。

 将棋界には師弟制度があり、おじさんにも弟子がいる。
 その弟子に向けられる眼差しはひたすら温かく、あの眼差しの先に花壇を作ったら、きっときれいな花が咲くだろうな、と、思えるほどである。おじさんを見ると、思わず心が動いてしまう。本当に素敵な人なのだ。

 私のような、対局を見るだけの層を、将棋界隈では観る将と呼ぶ。
 盤を挟む長い長い時間、棋士たちの解説、そして決まってしまう勝敗。それにどっぷり浸かる時間は、この上ない贅沢な時間だ。
 将棋を観るという面白さ。
 その魅力を教えてくれたのはおじさんだった。

 おじさんは2020年、第61期王位戦で初めての防衛戦に挑んだ。
 結果は、辛く悲しい4連敗。新しく王位を獲得し、二冠になったのは、あの藤井聡太であった。

 王位失冠後のおじさんは、勝ったり、負けたり、やや黒星が先行している。私は棋譜を見てもわからない。だから何も言えないし、言わない。もちろん勝ったら嬉しいけれど、おじさんが幸せであれば、それでいいのだ。

 スクワットをして応援した日々。
 私は貴重な時間をおじさんからもらった。
 おじさん、ありがとう。

 そして私は今、自分のおなかの肉をつまみながら、次からは腹筋で応援してみようかな、、、などと考えている。





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