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[コラム 10] 改めて棋士と将棋ソフトの関係について考える

人工知能とガチンコで勝負した職業がすでにある。それはチェスや将棋、囲碁のプロ棋士たちだ。彼らは幼少期から天才とか、大天才とか、神武以来の大天才と呼ばれた人たちだ。

人工知能は、チェスには1997年、時の世界チャンピオン、ガルリ・カスパロフに勝った。

将棋は2013年に第二回将棋電王戦でのプロ棋士5人に対し、4勝1敗で勝利し、2015年、第一期電王戦で山崎隆之叡王を2連勝で退けた。

そして、この同じ年に情報処理学会が「トッププロとの対戦は実現していないが、事実上、ソフトはトップ棋士に追いついた」と宣言した。このトッププロとは羽生善治三冠(46歳)と渡辺明竜王(32歳)、それに佐藤天彦名人(28歳)(2016年時点)のことだ。

人工知能が完全情報型ゲームの世界で人間の能力を次々に凌駕していく姿は、人工知能の開発者を除くと必ずしも快いものではなかった。将棋を愛好するわたしも、何となくだが忸怩(じくじ)たるものを感じていた1人だ。

しかし他方では、人工知能はすごいぞ、人間を超えるかも知れないと感じていたのは事実としてあった。

このような状況を自分たちにとってプラスと捉える人と、恐怖と感じるかは個人によっても、そのいまいる状況によっても異なるのだろう。

誰よりも強いことを誇りとしてきた天才棋士たちは人工知能に負かされた後、棋士としての存在価値を深く自問自答し、世間のファンからもその存在理由を問われることになった14。

明確に言っておかなければならないが、このことはチェスや将棋、囲碁というゲームの世界だけではない。ありとあらゆる業界や職業で今後起きうる共通する事象であり、全人類に突きつけられた息苦しい命題であるということを肝に命じるべきである16。

山崎隆之叡王を倒した将棋ソフト「ポナンザ」の開発者、山本一成氏と下山晃氏が求めるものは、人間らしい思考をもったソフトを開発することだという。

そうであるならば、将来、この棋譜は人間同士が指したものなのか、人間と人工知能が指したものなのか、まったくかわからなくなるということだ。

これは鉄腕アトムやドラえもんを愛した日本人発明家ならではの発想なのではないだろうか。

アングロサクソン人ならば、きっと自分の足跡を残すはずだからだ。

ところで、人間の叡智や能力をはるかに越え、さらに人間の感情に近づいた人工知能の役割とはいったいなんなのか。人間は常に迷いや悩みがあるが、わたしたちと同じように思い悩む人工知能はわれわれにとって真に必要とされるのだろうか……。

さて、将棋ソフトと棋士の世界に戻ってみよう。
将棋ソフトは完全に人間・棋士を凌駕したと誰もが思っていたところに、忽然と藤井聡太王位、棋聖二冠が現れた。藤井氏は、人工知能が考え及ばない(悪)手をさし、その後勝利した。そうした将棋が何局もあり、最早藤井二冠は人間ではないとか、人工知能を超えたなどと評価されている。

これなどは、明らかに人間の思考方法と人口知能のそれとの違いを明確に表した好形だろう。すなわち人工知能も人間がこしらえたもので、製作者の意図以上には思考できないということかもしれない。

藤井聡太二冠以外にも、いやそれ以上の能力を発揮する棋士が現れてくることを切に望む。それを人類の希望としたいものだ。
                          つづく

「コラム 11」 改めて
千葉大学法経学部の広井良典教授は1980年以降、日本の経済格差は広がっていると指摘している。

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