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童話小説「ガルフの金魚日記42」

「『あなたのような人は、故郷へ帰るべきよ』。隣の彼女、いまの春さんだけど、突然、そういうんだ。ドキッとした。でも、そういわれて、不思議と肩の力が抜けて、その言葉がストンと腹におちたんだ」
「それで、いちじく島に帰ってきたんですね」

「島に帰ることに、お母さんは喜んでいたけど、でも大きな問題があった。島には仕事がない。漁師も、農業もやったことないし。タバコ屋も廃業まぢかだったからね。どうしようかと思っていたら、島の郵便局で、配達のアルバイトがあるって聞いて、しばらくこれでもしていようと思って、あとのことは、そのときになって考えよう」
「ぷくも、冬さんがかえってくると、四季ばあさんからきいて、うれしくて、水面から三度ジャンプしました」

「郵便配達をしながら、一年が経った頃だったかな、突然春さんがやってきたんだ。そりゃあ、びっくりしたさ。それも、『あなたは、わたしと結婚しなさい! いいえ、結婚すべきです』。あのときと同じ」
「おなじって、教務課の前で掲示板をみていた、あのときですか」

「そう。ほとんど命令。でも、なぜだかそのときも、その言葉がストンと腹におちて、はい、結婚しますって」
「いったんですか」ぷく。
 冬さんは、コックリとうなづいたそうです。

「じゃあ、じゃあ。春さんはどうして、いちじく島の、冬さんのところに来ようと思ったのですか」
「そこだよね。ナゾなんだよね。ぼくみたいな男のところに、どうしてかもよくわかんない」
 冬さんにやけてますね、ぷく。
「春さんのお父さんは、冬さんとの結婚に反対していたんですよね」ぷく。
「よくそんなこと知っているなぁ」
「ええ。ちょうちょうさんに…」ぷくぷく。
「蝶々? ちょうがどうかしたの」
四季ばあさんのゆうれいにおしえてもらいました、とはいえません。これはゆうれいさんとの約束ですから。
ぷくぷく、しかたなく、だまっていました。

「春さんのあとを追うようにして、お父さんとお母さんがやってきて、『春を騙したヤツはオマエか!』。『春を返せ!』。『こんな田舎の、離れ小島の男のところに、春をやれるか!』。『おまえはどうやって春を幸せにするつもりだ!』。とかなんとか言われて」
「おー。よくあるドラマみたいですね」ぷく。
「何をのんきなことを。いまでこそこんなこと言えるけど、そのあとも大変だったんだから」

「そういえば、四季ばあさんがおこったんですよね」ぷく。
「『あんたの娘がかってに来たんじゃないか。さっさと連れてお帰り! いまはこんなだけど、うちは、村上水軍につながる末裔なんだ。見下される覚えはない』、とかなんとか。なに言ってんだか、ひっちゃかめっちゃか。ふたりとも肩で息してたよ。ぼくはすっかり雰囲気にのまれ、びびちゃって、なんにもいえなかった」
「村見水軍まで登場させて、それからどうなったのですか」ぷくぷく。


「ふたりはにらみ合っていたんだけど、春さんがね。『春は、ここで幸せになります。いいえ、春が幸せになれるのはここしかありません。お父さん、お母さん。うしろを見て。青い海と緑の島々。まったりとしたこの空気。お父さん、お母さん胸いっぱいに空気を吸ってみて。ホラこんなに気持ちいいんだよ。冬さんはとてもいい人よ。あたしはここで幸せになります』。そう断言したんだ」

「それで、ふたりはむすばれたんですね」ぷくぷく。

     明日の金魚日記へつづく

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