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[コラム 5] 改めて新産業革命について考える

もう5年も前になりますが、2016年の3月に囲碁界に電撃が走った。
世界トップ棋士の一人、韓国の李(イ)世乭(セドル)九段がグーグル傘下のディープマインド社が開発した人工知能を搭載したゲームソフト『アルファ碁』との5番勝負に1勝4敗で敗れた。

それまでの囲碁ソフトは最強のものでもアマチュアの初級程度といわれていた。それに対してディープ・ニューラル・ネットワークを使ってコンピュータ自身がディープ・ラーニング(深層学習)を重ねることにより世界チャンピオンを一気に負かすソフトに成長したのだ。この時までは世界チャンピオンを倒すほどの囲碁ソフトの開発は、10年以上先のことと考えられていた。

また日本でも同じ月に、公立はこだて未来大学の松原仁教授らは星新一賞(日本経済新聞社主催)に短編小説を4作応募し、一部は一次審査を通ったと発表した。これは人工知能でできた小説創作ソフト『きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ』を開発するその中間発表としてのチャレンジだったそうだ。

奇しくも同じ月の公表であり、それぞれの関係者だけでなく一般のわれわれにも驚きをもって耳目を集めた。
そして、これらの成果はこれまでの人工知能開発スケジュールを一気に短縮させることになる。

当時の韓国の朴(パク)槿恵(クネ)大統領(2016年当時)は李世乭九段が「アルファ碁」に負けたことで次のようなコメントを発表した。
「韓国社会が今回の『アルファ碁ショック』をきっかけに、遅れをとる前に人工知能開発の重要性について大きな警戒心と刺激を受けたことは、逆説的に非常に幸運だったと思う」

さらに朴大統領は続ける。
「今は誰がいかに早く革新的技術を開発するかにより、一国の競争力が左右される時代だ。私たちも競争力を確保するためには、国家研究・開発システムの根本的革新が必要だ。研究・開発投資の生産性を画期的に高めるため、大統領が主宰する科学技術戦略会議を新設する」
との声明を出し、知能情報技術研究所を設立し、1兆ウォン(931億円)の拠出を表明した。

この成果は日本より先にIT化進んだ国になっているのはご承知の通り。

それに対する日本政府の動きはどうだろうか。2016年1月に政府は、「第五次科学技術基本計画」を閣議決定し、公表した。この中でインターネット、人工知能、ロボット技術などを高度に組み合わせた社会・経済の変革と題し、「Society(ソサエティー)5.0」の取り組みを本格化しなければならないと提言した。

この組織は安倍首相をトップとし、各省庁、産業界を連携させるものだそうだ。
そしてデジタル庁ができたが、科学技術庁がいまだにFAXを使っていると世界から揶揄のはつい昨日ことである。

ドイツでは韓国や日本に先駆けて2014年に、「インダストリー4.0」が発表されている。ドイツの思惑は製造業の革新にあるのに対して、「ソサエティー5.0」は産業と社会、一般生活を含めた技術革新を打ち出したことが特徴で、産業の生産性向上や新産業創出と、少子高齢化などの社会的幾多の難問を同時に解決することを目的にしている。

脱炭素社会の達成においてもドイツは世界に先駆け、日本を大きくしのいでいる。

人工知能は指数関数的に発達する。人工知能研究者は手持ちの人工知能を使いこなし、最新鋭の人工知能を開発するだろう。また、2030年には雑誌「Nature」に人工知能だけによる人工知能開発記事が載るだろうと予想されている。

これは、ある意味、人類の素晴らしい能力の成果ともいえるが、怖い話ともいえる。さらに便利になり機能化され、生産性が飛躍的に向上した世界が出現しているのである。

そして、この生産性向上が貧富の差をさらに広げ、自然破壊すすめ、中産階級以下の一般の人たちの幸福感を削いでいく強力な刃物になっている。

この行き過ぎた生産性の向上が今後の大きな問題になるのだが……。
つづく
 
 「コラム 6」 改めて医薬と医療費について考える
 画期的ながん治療薬のオプジーボだが、仮に5万人のがん患者が1年間飲み続けたとすると、薬代だけで1兆7000億円にもなるそうだ。果たして…。

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