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「じゃ、今日はお先に上がるわ。貴女たちもあまり遅くならないようにね」
「は~い、お疲れさまでした」

今日は週に一度のレッスンの日。一見可愛いお家のカフェの2Fへ上がる。
「こんばんは」
いらっしゃい、お疲れさま、と色々な声がかかる。

「下山さん、今日もお仕事帰り?」
「ええ」
「凄いわねぇ、お疲れのところ」
「いえ、却って癒されるというか……週に一度の楽しみですよ」

この教室で顔見知りになったマダムだ。
ここでは上司も部下もなく、先生と生徒たちという関係。私も課長ではなく、ただの下山として扱ってもらえるのが心地よい。

🌼

ここを見つけたのは、会社の移転先候補を下見していた時に遡る。
自分の中では一番良かったと思っていた物件を社長も気に入ったらしく、一安心したところだった。先に帰った社長と別れてぶらぶらしていると、陽当たりの良い公園の前にカフェがあった。

今日は直帰と言って出てきたから、コーヒーでも飲んで帰ろうか。
それが脳内で言語化される前にもう、手がドアを開けていた。

2Fの窓辺で公園を眺めながら、物件の書類を取り出す。そして、しまう。
もういいか、明日で。そんな風に思ってしまうほど、のどかな景色だった。
いいな、ここ。あの物件からも近いし、また来よう。

「ここに置きますね」
男性が新聞紙の長い包みをいくつも抱えて上がってきて、壁際のテーブルに置いた。
「はい、ありがとうございます。また来週、お願いしますね」
店主が一緒に上がってきて、包みの一つを開いた。お花だった。

「ごめんなさいねぇ、お寛ぎのところにガサガサしちゃって」
「いいえ……生け花用ですか?」
「ええ、今日はこれからお教室があるんです」
「へぇ、ここで生け花教室があるんですか」

そういえば、花なんていつから飾っていなかったか。そう思っていると、思いがけないことを言われた。

「もしご興味あれば、これからいかがですか?実は今日、急遽キャンセルが出てしまってお花が余るんです。お代は要りませんし、お持ち帰りだけでも」

いいんですか……と言いつつも、気づくと教室に参加していた。
仕事帰りの会社員、子供をこの時間だけ義母に見てもらっているという若いママ、ご近所のマダムなど、その日に来られる人が入れ代わり立ち代わりやってくる、というゆるいスタイルなのだそうだ。

講師はカフェの店主だった。生け花も、フラワーアレンジもなさるのだそう。どうりで、カフェのテーブル花もセンスが良いと思った。
そして、毎週通うようになっていた。

🌼

「課長、最近楽しそうですね。新しいオフィス、ワクワクしますね」
と、部下に言われた。確かに、今のおんぼろビルに比べたら新しいオフィスは綺麗で、心待ちにしている社員も多いと聞く。それはそれで良いのだが、多分私が楽しいのは花を扱っている時で ── 。そうだ。と、ふと思いつく。

レッスンが終わった後に聞いてみた。
「小さく生ける時はどうしたら良いですか?」
「テーブルに置くような時は低めにすると良いですよ。水がこぼれるといけない場所だったら、剣山より吸水スポンジの方が安全ですね」

吸水スポンジを使ったフラワーアレンジのレッスンもあった。それを切って小さな器に入れ、小さめのアレンジにしてみる。なんとかサマになった頃、いよいよ会社移転となった。

🌼

「あれ、そのお花、課長が生けてたんですか?」
朝は割と早く出勤するので花の水を足し、手直ししていたら部下に見つかった。

「受付にあったら、いらしたお客様もちょっと和むかと思って」
「素敵!ビルの方で用意してくれているのかと思ってました!これはいつも濡れているぐらいで良いんですか?」
「そうね、乾くといけないから水を足してるわ」
「私も気づいたら足しますね!」

一瞬、”バレた”と思った自分が少し恥ずかしい。そんな趣味あったんですか、なんて言う子じゃないのに。でもまぁ、ちょっと照れ臭かったのは素直に認めることにしよう。


《ひだまり公園シリーズ》
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