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作家冥利に尽きる

こんにちは。

執筆中の中編小説が終わりを迎えようとしています。約一か月の期間、原稿用紙換算で240枚ほどですので、まあまあ予定通りだと思います。

小説を執筆していますと、物語の終盤に、突如として生起する感情があります。穴から顔を出すモグラのように。

それは・・・、

一刻も早く書き上げたい一方で、その物語を終わらせたくないという感情です。
物語を書き出す前、かっちりと構成を決めて始めますと、区切り方の見当は大凡理解している筈です。しかしながら、終盤に近づきますと、急に筆の進みが遅くなります。何故でしょう・・・。
まあ、実際には原稿が進んでいますので、ただ単に、感情的な問題ですが。小川の清流に大きな石を放り投げたような感覚。波立ちますが、結局は流れ去る。

それ以外にも、主人公やら、主人公の兄弟やら、登場人物のあちこちに感情移入をしてしまうことがあります。
例えば、主人公の兄弟が苦しんでいるシーンですと、

「早く物語を進めて、苦しみから解放させてくれ!!」

主人公と恋人が疎遠になると、

「早く、会いたい。次は、いつ会えるんだ」

悪役が出てくると、

「どうせ、俺は悪役だ。さっさと消してくれ。主人公じゃないだから、要らないだろう」

などなどと、登場人物が僕の心へ辛辣に叫んでいるのです。

しかし、物語の順序は決まっています。五体満足の僕ではありますが、有限の時間で執筆出来る物語は量は決まっています。量子コンピュータのような明晰な頭脳、且つずば抜けたタイピング力を持っているならば、話は別でしょうが、残念ながら凡人なわけですので、早めるわけにはいきません。
そんな中、執筆を止めて仕事に行く際、就寝の際、ご飯を食べる際、つくづく罪深い男だなあ、と苦心します。
仕事に行かなければ、寝なければ、怠惰に耽らなければ・・・、物語をもっと進めて登場人物を解放へと導けるわけです。

最近は、物語を俯瞰的にみれるようになりましたので、そういった感情が若干減りつつありますが、今でも感情移入することは少なからずあります。
物語の隆起によって、感情が右往左往してしまうのです。


と、色々と述べましたが結局のところ、物語が終わってしまいますと、生起した感情すらも懐かしいものとなるわけです。

作家冥利に尽きる・・・。

未来にデビューし、執筆した作品を発表出来る機会がありましたら、光栄に思います。


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大好きな京都タワー^ ^


書きました小話を、一読頂けますと幸いです。日々のお口直しに。



花子出版   倉岡 



文豪方の残された名著を汚さぬよう精進します。