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チップどろんこ相撲

日本には飲食店でチップ文化がないので、アメリカみたいに最低15とか20%はチップをあげないといけないというプレッシャーにおののく必要がないですから、利用者としては気がラクだと思っています。

逆に、チップ文化の人たちからしたら、日本でとっても素敵なサービスをしてくれたウエイターさんに、チップをあげたくなっちゃう衝動は一体どう処理したらいいの、この満足感この感謝はどう表現したらいいの、となるのではと想像します。

私がただ今おりますスペインでは、チップ圧力は強くなく、みんな小銭を少し置いていくくらいで(私は高級なこところに行かないものですから)、万が一小銭がなくて、チップをあげなかったとしても、決して追っかけて来られたりもしません(もちろん、チップをたくさんあげれば喜びますから、あげたい方はぜひともたくさんあげてください)。

私は非常に格好悪いことに、チップの返却と言いますか、チップのお釣りを頼んだことがあります。

一度出したチップの一部返金をリクエストするというのは、持参した贈答用フルーツバスケットから「すみません、マンゴーとパイナップルはうちで食べるんでした」と引き上げるような、非常に情けない有様です。

なぜそんな無粋なことになったかというと、基本的には私のスペイン語が幼児レベルなせいです。飲食店で、現金がなかったのでカード払いにチップを追加して払おうとして、その時の正確な金額は覚えていないのですが、例えば42ユーロのお会計を「45ユーロ、カードで切ってください」と言ったつもりでした。

ところが、レシートを見たら55ユーロで精算されているので、思わず「わたし、45ユーロって言ったんですけど」と慌てて伝えました。

そこで私が「あ、いいよいいよ、取っといて」と言えるような、新幹線のグリーン車級の寛大な心を持ち合わせていたらいいのですが、残念ながら私の余裕は、年末年始の自由席で連結部分に立っている状態ですから、13ユーロも気前よくティッピングする粋なことはできません。

店員さんは「55って言わなかった?」と言いながら、あ、そう、といったように現金で10ユーロ返してくれました。カード払いを取り消して再度精算し直すのは面倒だからだと思いますが、こちらとしては財布に現金が増えて変な気分です。

私はスマートにあらゆることができない人間でして、過去にメガネ屋さんでもチップのお釣りをもらったことがあります。

普通、メガネ屋さんでチップなんて払わないと思うのですが、私はそのメガネ屋さんで買っていない商品を修理してもらったので、その謝礼を払うべき場面でした。

なぜそんなことになったかと言いますと、私は寝不足がたたって猛烈な眠気に抗うことができず、10分だけ仮眠と思いましたが、しっかり横になると私は絶対に起きられなくなるので、ベッドの上に上半身だけうつ伏せに乗せて、懺悔の姿勢のように、膝を床について寝ました。かけていたメガネはすぐ顔の横に置いて。

ハッと起きるとすでに1時間が経過。ハッと気づくとうつ伏せで寝ていたはずが仰向けになっている、そしてハッと気づくとメガネは私の上半身の下にありました。それはシュークリームと添い寝をして、寝返りを打ったような惨劇です。

ということで、メガネの横の部分、つる(テンプルとも呼ばれる)が、インポッシブルな角度を向き、腕を骨折したバスケットボールプレイヤーのようになっていました。

力任せに修復を試みて、素人判断で大切な選手生命を絶ってはいけませんから、すぐ行けそうなメガネ屋さんを探しました。

当時ベルリンに住んでいた私のドイツ語力は絶望的だったため、なんとか英語が通じそうな若い人がやっている個人経営風のお店に駆け込み、「すみません、これ、直してくれますか?」と懇願。

おしゃれなメガネ屋さんのお姉さんは「これうちで買ったのじゃないよね?」、はい、違います、すみません、「もし壊れたとしても替えパーツとか手配できないけどいい?」はい、いいです、お願いします。「じゃあ、直せるか、やってみるね」と言って、もう一人お店にいたお兄さんとドイツ語で話しながら数分触ると、見事にあざやかに直してくれました。

私は暖房と興奮で汗ばみながら、感謝を伝え、そして、お題はいくら払ったらいいでしょうか?と聞くと、お姉さんは「修理代金の設定がないから、いくらかチップくれたらいいよ」と言うので、ここはお礼の意を表して20ユーロくらいティッピングしようと鼻息荒く財布を開いたのですが、中には50ユーロ札しかありません。

さすがに50ユーロあげられるほど私は喜びで我を忘れていなかったので、「すみませんが、50ユーロしかないので、30ユーロお釣りもらえますか?」とお姉さんにききました。

おそらく前例のないであろう申し出に、お姉さんは一瞬戸惑いを見せたものの、50ユーロ紙幣を受け取り、店の奥のお兄さんのところに行き「30ユーロ持ってる?」ときいて、20ユーロ札と10ユーロ札を持って戻ってきました。

20ユーロは、私としては気前の良いチップのつもりでしたが、チップのお釣りを待つというのは、ばっちり帽子とブーツで決めたカウボーイが、電車で馬がいる所まで移動するような、ばつの悪さです。

私はあまり未来に起こりうることを想定して備えておくのが得意ではないもので、財布はいつも小銭がなく、お札も細かく崩していないので、体当たりでどろんこ相撲をして生きています。みなさんの営みのスムーズな流れというものを断ち切ってしまいす。

スマートに的確な金額を、サッとタイミング良く、ティッピングできる真っ当な大人にいつかなれるのでしょうか。どろんこ相撲のまま今世は終わるのかな。


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