からっぽの音
線路沿いを帰っていた。
からから、からから。
歩くたびに音がする。足元じゃなく、耳の奥。頭の中でラムネが跳ねているみたいだった。
「からっぽの音ですね」
振り向けば幼い女の子が大きなビンを抱えていた。夜も深いのに、ひとりで。
からから。
からっぽの音というのは、たしかにそうかもしれない。きょうは、いつもより難しい問題をずっと考えていて、少しくたびれていた。
「あなたの音、ください」
「……なんで」
「がんばったひとの音なので」
口を引きむすんでいたけれど、どうにもむずむずした。音でわかるものなのか。
「……あげたら、どうするの?」
「いいこいいこ、します」
「すると?」
「音がすこしきらきらします」
からん。
女の子が持つビンのなかには、色とりどりに光る透明なラムネが半分くらい入っていた。それをじっと見おろして、女の子が柔らかく笑う。
「あと、お顔もきらきらするので、すきです」
から。
「……あげるよ」
ほっぺたが、すこし色づいて可愛らしかった。
「えらいねぇ」
女の子のてのひらで、からっぽの音だった何かが線香花火のように跳ねる。それを穏やかに女の子がなでていると、気づけば淡黄色のラムネが三粒、そこにあった。ぼくはしゃがみこんでそれを見ていた。
「きれいです」
女の子がラムネをひと粒摘み上げる。耳を寄せれば、しゃらしゃらと鳴った。からっぽの音に、たくさん伴奏をつけたような。
あたたかい、そう思った。
しばらくふたりで耳をすませて、それから女の子はビンにラムネを仕舞った。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
互いに頭を下げる。もう、重くない。
「きみは、どうして音を集めるの」
「これがいっぱいになったら、わたしもわたしのことをいいこいいこできると思ったんです」
ぎゅっとビンを抱えて女の子は言う。
こん。ビンの中でラムネたちが音を立てた。
「そしたら、おとうさんの音に気づけなくてからっぽになったわたしも、きれいになれるかなあ、って」
もう電車も止まっていた。静かな空間を淡く照らす街灯のさき、女の子の影はなかった。ぼくは、力んですこし白くなった女の子の手をさする。つめたい手に、もらったあたたかさを分けるように。
「大丈夫だよ。きみはもう、十分やさしいよ」
あの子は、古くなった街灯の点滅とともにいなくなった。
それからもぼくには、時折またからっぽになっていると思う日がある。
そういうときは、カバンからラムネを取り出して、口にする。そして、プラスチックのビンを振って、からっぽの音を楽しむのだ。
からから、からから。
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