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#6.ショートショート「待逢わせ」

目の前には大きな時計台。
後ろにはレンガ造りの大きな駅。
耳をすませば子供たちのはしゃぐ声。
噴水から流れる水は、暖かな日差しでかすかに虹が見える。
そんな絵に描いたような駅前の広場。

私は木漏れ日が気持ちいい青色のベンチに腰を掛けて、ある人を待っている。ここの広場は私の様に待ち合わせ場所に使う人が多い。渋谷のハチ公前よりはすぐに見つけられるからだろう。あそこに比べて人は少ないし目印になるものが多い。ここの雰囲気はすごくいい。ゆるやかに流れるこの時間と空間はいつ来ても変わらない。私のお気に入りの景色だ。

毎日のようにここで犬と散歩をしている人。いつも同じコースをランニングしている人。毎日同じ日の新聞を読んでいる人。猫とじゃれ合っている人。

「今日も穏やかな日常だ。」

そんな独り言を呟いていると時計台の前に立っている女性が目に入った。暖かな日常とは正反対の上下黒一色の服装。見た目だけ見ると…中学生。いや、高校生ぐらいか?
本来ならば、誰が見てもその服装を着るにはまだ幼く、背伸びした格好だと言われてもおかしくはないだろう。
私は、私と同じで待ち人でもいるんだな。と思い眺めていると、遠くの方から彼女の元に向かって走ってくる少年が見えた。

これは、そんな二人から聞こえてきた待ち逢わせ場所の会話である。



?? 「ごめ~ん!待った?」

?? 「もう!遅いわよ、史穏(しおん) !」

史穏 「いや、本当ごめん!完全に寝坊した。」

?? 「私もぉ、待ちくたびれちゃったわよ。」

史穏 「すまんすまん。何時間ぐらい待ってた?」

?? 「はぁ!?何時間ですって!?あんた、寝言言ってんじゃないわよ!」

史穏 「え!?」

?? 「80年よ80年!こっちはね、80年間、あんたがここに来るのをずっと待ってたんだからね!」

史穏 「あぁ!そっかそっか!そーなるのか!いや~、ほんとごめん!あっ、でもさでもさ、あの時計台見ると集合時間の5分前じゃん?だからギリギリセーフ。セーフ!」

?? 「あのね、あの時計台はずっとずーっと前から潰れてて針は止まったままなの。いい?分かった?」

史穏 「はい、ごめんなさい。」

?? 「…はぁ。でもまぁいいわ。やっとこうしてまた、史穏に会えたんですから。」

史穏 「…うん。ずっと待っててくれてありがとね。」

?? 「まぁ、ここでずっと待ってたって言うより史穏のすぐ傍でずっと見守ってたって言った方が正しいけどね。」

史穏 「確かにね。お前のこと、見えるようになったのはつい最近だったけど、傍にいてくれたことはいつも何処かで感じていたからな。」

?? 「そうだったね。史穏は子供の頃から見えない私というモノにちゃんと向き合ってくれていたものね。...でも、大半の人達は私達の存在はいつもどこか他人事のように考えているのよね。」

史穏 「...あっ、そう言えば、今日スーツで来たんだね。似合ってるじゃん!」

?? 「え?何言ってるのよ。これ喪服よ。」

史穏 「えっ?…あっ、そっかそっか。そぉだよね。それ喪服か。」

?? 「あんた、まだ寝言言ってるの!?…って、それも無理はないわよね。だって今さっき起きたばかりですもんね。...ほら、見てごらんなさい。あなた、幸せそうな顔して寝てるわよ。」

史穏 「...本当だな。」

?? 「...ねぇ、史穏。今回〝人〟として生きてみてどうだった?」

史穏 「う~ん...人付き合いとか仕事とか、いろいろと面倒くさい事や辛い時も多かったけど、ああやって…死ぬまで笑って過ごした友がいて、隣で俺のことを偲んで泣いてくれてる人がいて...なんか、あれ見てたら悪くない人生だったなって。ううん、幸せだったなって思ったかな。」

?? 「...ふふ。そっか。それなら80年間、待ってた甲斐がありました。」

史穏 「...あっ、そういえば、ちゃんと逢って話したのは今日が初めてだったのに自己紹介まだだったね。初めまして。史穏です。」

?? 「確かに!そうだったわね。初めまして。
ずっとあなたを傍で見守っていました。
〝死期〟 と言います。人生、お疲れさまでした。」


そう言って二人は握手を交わし駅の中へと消えていった。二人が消えた後もしばらく私は駅の方を見つめていた。すると、後ろから声が聞こえた。それは聞きなじみのある私がずっと待っていた彼女の声だった。



「あなた。」

「…あぁ。よく来たね。」

「お待たせ。待った?」

「いいや、私も今来たところだよ。」

「ふふ、嘘ばっかり。」

「それにしてもよく私の事が分かったね。」

「分かるわよ、何回ここで会ってると思ってるのよ。」

「いや、ごめんごめん。ついね。…さて、私達もそろそろ逝こうか。」

「ええ。そうね。…んんー!今回も楽しい人生だったわ。」

「おいおい、急にくっつなよ。恥ずかしいだろ。」

「えー、だって久しぶりに会えたのよ。いいじゃない、このくらい。逆にお疲れ様の一言も言えないのかしら?」

「全く、本当に君には敵わないよ。」

「ねえ。私、今度は犬とか猫になってみたいわ。何もせずに一日中お日様に当たってゴロゴロして寝てるの。」

「ああ。それはいいね。楽しそうだ。その願い叶うといいね――」

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