苦くて甘い、コンポート。
君は、不器用だ。
内面はさておき、手先のほう。
おかげで自他ともに認める、料理下手。
だからいつも、食事はわたしが作る。
一度でいいから、
作ってもらった食事を、
食べてみたかった。
随分と前に秘めた願い。
でも冗談抜きで不器用なのを
目の当たりにする度に、
そんな願いは萎れていって、
すっかり忘れていた。
食事を作ることに、
何か文句があるわけでも、
不平があるわけでもないのだけれど、
この願いがまた膨らんだのには、
理由がある。
自粛期間中、旦那が、彼が、
食事を作ってくれるようになった、
分担してくれるようになったという話を、
複数の友人知人から聞いているうちに、
いいなーと、少しだけ、
思ってしまったのだ。
些細なこと。
でも。
忘れたころに水に触れて、
痛かったことを思い出させる切り傷。
ぶり返して急に痒くなる虫刺されの跡、
くらい、不意打ちで。
時折わたしの心には、
さざ波以上、波浪警報未満の
絶妙な白波がやってくる。
ｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰ
たぶん、嫌がるだろうから。
そうやって氣持ちを押し殺すのは
いつも簡単なのだけれど、
迫る誕生日が少しの迷いを後押しして、
『誕生日プレゼント。
何も要らないから、ごはん作って』
素直に口をついて、言葉がこぼれた、
のだが。
『え、僕が？
なんで苦手って知ってて、
それをチョイスするの？』
ちゃんと説明すれば良いものを、
そうだよね、とだけ呟いて、
一方的に会話を終了させた。
こうしてなんとなく、
目を合わせたくない氣分のまま、
一週間過ごしてしまった。
ｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰ
昔から、甘えるとか素直になるとか、
よくわからない。
相手を想えばこそ、
言えなくなることはたくさんあるし、
『たまには甘えたら』とか、
『言いたいことがあるなら素直に言って』
とか言われても…
言ったら言ったで、
言わなければよかったと、
後悔することはたくさんある。
別にたいしたことじゃないそもそも諦めていたことだしあれ以上言えなかったよ嫌そうな顔してたしでもすごいもの作ってって言ったわけじゃないのになあそこまでして作ってほしいわけじゃないからもういいよあーもうやだやめようあーーー今日の夕飯どうしようスーパー行かなくちゃ
思考はぐるぐる。
感情は振り子。
信号待ちの車の中から、
氣づけば買い物袋を手に
横断歩道を渡るスーツ姿の男性を、
目で追っている。
でもなあ。
ずっと拗ねているのも良くない。
些細なことでもやもやし続けるのは、
もっと良くない。
あ。
そうだ。
桃、買って帰ろう。
甘いものはレディを救う。
美味しい桃は、わたしを救う。
あ。
紅茶にいれてもいいな。
そうしよ。
冷蔵庫の材料や残り物に思いを馳せ、
進んでよしに変わった信号の下、
さっきまでと少しだけ違う氣分で、
アクセルを踏む。
ｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰ
『ただいまー。
…何やってるの？』
『え、これはその…コンポート…
に、なるはずだったもの、です』
『…みたいだね』
『や、失敗するかもと思ったから、
桃は多めに買ってあって冷…』
『食べる』
桃には見えない何かを、
つまんで頬張る。
にが…
どうやったらコンポートが、
焦げるわけ？
これはもはや、才能なのでは…
という言葉は苦味と一緒に、飲み込んだ。
この愛おしくも残念な感じを伝えたくて、
食べてみなよーと促した。
わたしが食べたのを見て
嫌だとは言えなかったようで、
恐る恐るつまんで頬張る、君。
にがっと言った瞬間、
ゴホッと咳込んだ姿がダサくて、
涙が出るほど笑ってしまった。
あーぁ。しょうがないなー。
『これはやめにして、
新しいの剥いてよ』
『包丁はもういい…』
『えーそこはがんばろうよー』
言いながら、冷蔵庫から桃を取り出す。
夕飯の前だけど、いいや、食べよ。
そうやって剥くのかーと感心する君は、
なり損ないのコンポートから、
無事そうな部分を選んで食べたくせに、
むせてもう一つ、咳をした。
わたしも。
桃、買ってきたんだけどな。
しかし恰好つけたね、君。
不器用だ。
君も、わたしも。
あとでコンポート、
作ってあげよ。
ｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰ
■桃の花言葉
あなたに夢中
氣立ての良さ
チャーミング
天下無敵
まるで、あなたのこと。
いつもありがとう。
for hachi♡
彼がコンポートを作るまで
flag *** hana
今日もありがとうございます♡
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