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re-move / 第三話【漫画原作部門応募作】

re-move / 第三話
case1:武田慎吾様*3


 私たちは呆気にとられたまま、アツシに上手いこと誘導されてヨタヨタと歩く。
 そして気が付いた時にはもう、職員室の目の前まで来ていた。

「しつれーしますっ!」

 アツシが勢いよく挨拶したせいで、数人の先生がしかめっ面でこちらを見た。しかし、アツシはそんなコトなどお構いなしに、ズカズカと職員室の奥へと進む。そんなアツシの後を、彼はトボトボとついて行くのがやっとだった。
 この急展開に疑問を投げかけることもなく、彼が大人しく従っているということは、「こうなったあつしは止めても無駄」だと、彼は既に知っているのかもしれない……
「センセー!っあ違う、カントクだ、監督。あの、今日、俺ら練習試合休みますっ!」
 でっぷりとしているが、背も高いのだろう。他の先生と同じサイズの椅子が、この先生のお尻の下では随分と小さく見える。それにしても怖い顔……こんな先生が部活の顧問だとわかった時点で、私だったらそっこー辞める。
 しかしアツシはというと、威圧感を纏い、怪訝な顔つきをしているこの先生を目の前にしても、全く臆せずに元気いっぱいそう報告した。
「お前ら……もうすぐ予選なの忘れたのか?サボりなら、この先、全部出さねーぞ?」
 ふんぞりかえったまま、眉毛だけをこちらに向けるようにして顔をしかめ、閻魔様が裁きを下す瞬間みたいな視線を向けられた。彼の心臓は壊れそうな程大きく跳ね、先生の視線から一生懸命逃げている。
「違うんすよっ!さっき俺のカーチャンから電話きて、妹がノロウイルスに罹ったかもって……んでこいつ、武田も、昨日俺んち泊まってたし、さっきからちょっと……俺ら二人の腹ヤバいかもで?ノロウイルスって……部活で蔓延したらめっちゃやばいじゃないっすか?」
((……っく。なんだ?その言い訳!!))
 彼と私は心の中でアツシに向かって同時にツッコんだ。
 それなのに、目の前の強面横柄先生はというと、全く、1ミリも表情を変えることなく、こちらを睨んだままでいる。そのことに気が付いた私たちは、この頭上辺りに怒鳴り声が響く事を覚悟した。
「なんだと?」
 ドスのきいたその声にビクッとして、全身が粟立つ。
「……まだ、吐いたりはしてないんだろーな?」
((えっ!?……心配してる?))
 その返答に拍子抜けした私たちは、またもや同時にツッコんだ。
 そんな中、アツシはすかさず背筋をピンと伸ばすと、さらに堂々と圧強あつつよ声デカ顧問を見据えている。
「それはまだ大丈夫っすけど、ヤバそうなので、帰りまーすっ!」
 アツシの朗らかな返事が響いても、顧問の表情は怪訝なままだ。そして、いよいよ視線をこちらへと向けると、彼もいかつい顔の顧問による最後の審判が自分にも下されることを覚悟した。
「……武田も……なんだか顔色が悪いな。もう相手校が来るから、家まで送ってやれないけど大丈夫か?」
「っう、うはっ、はいっ!」
 そりゃあの顔でまじまじと見られたら、顔色が悪くなるに決まってる。ってか、彼はだいぶ恐怖に慄いているようで、このカラダの動機息切れがヤバイ。その感覚を一緒に感じている、こっちの身にもなって欲しい。でも……あれ?
「アツシもな。体調がどうなったか、夜にでも俺に電話してくれ」
 やっぱり。彼はパニくってるせいで、ちゃんと聞いてないみたいだけど……
 この顧問、めっちゃ心配してくれてる。なんだ、ちょっと顔が怖くて声がデカくて態度が大きいだけか。
「へーい」
 そんな顧問に向かって、驚くほど軽い返事をしたアツシはすっと踵を返すと、もうスタスタと歩き始めていた。置いていかれそうになった彼も、慌てて顧問に向かってペコペコと会釈をすると、小走りでその後に続いた。



 段々と職員室を離れるにつれ、前を歩くアツシのカラダが楽しそうに左右に振れる。
「迫真の演技だったっしょ?」
 後ろ手でピースをしたアツシが、したり顔で振り向いて立ち止まった。
 それがあまりに急だったから、あとちょっとでアツシとぶつかるところだった。
「ははっ。近けーよ!……なぁ?休んでも大丈夫だったろ?」
「大丈夫……なのかな?」
「あん?大丈夫は大丈夫なんだよ。心配すんな。ってかさ、たまには自主オフも必要だって」
 アツシはニヤリと笑うと、悪そうな顔のまま突き飛ばしてくる。結構なチカラで小突かれて、危うく尻もちをつくところだった。
「演技も何も……なんで監督はあんなにすんなり休ませてくれたんだ?」
(あっ!それ、私もそれ知りたーい!)
 ホントはアツシが彼を半ば強引に休ませてくれたワケも知りたい所だけど……
「それな。去年の冬、監督が何日か練習に来なかったの覚えてる?あれ、ノロだったらしいぜ?」
「んなことあったっけ?」
「あれだよあれ、そのあと先輩らもごっそり感染うつって、部活オフになったじゃん?」
「あー、あの時か。っえ?じゃーあれ、みんな監督から……?」
「そ−いうこと。三年がもろ受験期だったから、監督はノロだったことをひた隠しにしたらしいけど。あれ以来、監督は『ノロ』ってワードに敏感なんだってよっ」
「ほー。相変わらず、じょーほー通だな?」
 ふーん。なんかもっと"スッゴイ秘密"的なのを期待したけど、ちょと拍子抜けってか、なんていうか。でもまあ、とりあえず、試合は出ないで帰るのね?結果は良かったっぽいけどさ、あの大怪我のことを知ってるから……仮病ぐらいであれが回避できるんだったら、最初から誰かに少し相談してみればよかったのに……なんてタラレバを考えちゃう。
 これまで色んな人の後悔をみてきたけど、意外と「そんなのでいいの?」みたいなことで、人生って好転するらしい。後悔先に立たずとは本当に上手く言ったもんだ。
  まあ、彼のこの先がどうなるかはわからないけど、私にはこれ以上なんも出来ないっぽいし。あとは彼の“後悔”が全部消えてることを願うばかりか……
「なあシンゴ、せっかく自主オフにしたことだし、たまにはメンテで整形外科にでも行かね?ほら、将来有望な私たちの身体は、私たちだけのものじゃないから大事にしないとっ!」
「アツシ……それ、まじでキモいよ?」
 変なテンションでまた絡んできた暑苦しいアツシを振り払いながらも、どういうわけか顔はニヤニヤしてしまう。
(メンテナンスまで提案してくれるなんて、めっちゃ心配してくれてるじゃん。ちょっと強引だけど、アツシって最高……私だったら、キミよりアツシに惚れるわ)
 彼の頭の中で思わず本音が漏れた。
 私はすっかりアツシが気に入っていた。いつかアツシの頭も揉んでみたい。彼の施術中にもかかわらず、彼とアツシとの髪質の違いを想像して、むふっとなるのを必死で堪える。
(だよね。わかる)
 なぜか彼は私の意見に賛同すると、ニコニコしながら頷いている。
「俺より、お前に惚れるらしいよ?」
 ああ、また……そんな風に言葉足らずに喋るから、変な感じになるんじゃん。
「はぁっ?お前の方がキモいよ?……俺には惚れんなよ?」
 ほらね。青ざめたアツシが、彼の側からサッと飛び退いた。
「違っ!俺じゃねーよ。頭の中の人が言ってるんだよ」
 彼は慌ててそう訂正したが、アツシは更に怯えている。
「なんだよシンゴ……どっちにしろコワイよ……今日まじでお前やばいって。あーこれ、ビョーインは決定だな。整形外科じゃなくて、精神的な……」
(ああもうっ、アツシは私のこと知らないんだから!なんか、上手いこと説明しないと……キミ今、ただのヤベぇ奴だよ?)
「っあ、そっか……うーんっと、そう、間違えただけ。何でもないから大丈夫っ!ほら、行こーぜ?」
 自分ではアツシに上手く説明できないと悟ったらしく、彼はアツシの肩にドスンと腕をのせ無理やり肩を組んで歩き出す。強行突破で誤魔化そうとしたんだろうけど、それにしても下手すぎ。
 あぁ、アツシと比べちゃうと何だか……彼はとっても残念イケメンだった。

 その時だった。ピピピピッという電子音が響く──



 その音で我に返ると、彼はまだよく眠っていた。

 施術の流れのまま、再び額に両手を預け……名残を惜しむようにゆっくりとその手を離す。

「お疲れ様でした」

……


「うわあ、めっちゃ寝ましたね?俺……」
 微睡みからも覚めたようで、起き上がった彼は少し興奮していた。
「はい。良くお眠りになられていたので、だいぶ楽になってると思いますよ?……あっ、今デトックスのハーブティーをお持ちしますね」
 タオルを片付けながら笑顔でそう告げ、顔をあげると彼の方へと向き直る。 
 目の前で大きく伸びをしている彼は、健康的に日に焼けていて……あれ?肩周りとか太腿も、こんなに太かったっけ……?
「これから練習あるんで、今日はばっちりっすね!」
 ご来店の時よりもだいぶハイテンションな受け答えにビクッとなった。
 グジグジと悩んでた印象が強いし、そんな彼の変化には違和感しかない。
(あの後悪いようにはならなかったのかな?)
 ちらっと視界に入ったカルテの中で、「眼精疲労」を囲んでいた丸印が消えている事に気付く。
 お悩みの種類も変わっているようだったが、私はそのカルテをそっと裏返した……



(えっ……?)
 一足先に部屋から出ようとすると、しっかり閉めたはずの部屋のドアが少し開いていた。雑音が眠りを妨げないように、個室は防音仕様になっているから、本来ちゃんと閉まってなきゃいけない。
(ちゃんと閉めなかったっけ?ひとり勤務だったおかげで、今回は事なきを得た。でも次からは気をつけなきゃだな……)
 
 お会計を終えた彼は、大きいリュックに財布をしまうと店を後にした。
 そんな彼を、私は何食わぬ顔でお見送りする。

「ありがとうございます!またお待ちしておりますね」

 振り返った彼の表情は、私が「みた」中で一番晴れやかだった。


re-move / case1:武田慎吾様 [了]
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case2:白金恵太しろがねけいた様……

#創作大賞2023  

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