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re-move / 第二話【漫画原作部門応募作】

re-move / 第二話
case1:武田慎吾様*2


「とりま、今の状況を教えて?」

(あの……今日、練習試合なんっすけど……今日の試合、来週から始まるインハイ予選のスタメン選考を兼ねてるらしいんっす。でも……なんか今、右足に違和感あって。あっ!でも、ウチめっちゃ練習多いから、違和感は良く感じるんです……ただ、今日は、嫌な?予感?みたいな?)
 ふむふむ。自分でも嫌な予感はあったけど、不安に勝てなくて試合に出ちゃったのか。そんで、あの大怪我……か。
 さっきの走馬灯の中で感じた痛みと、医務室で項垂れていた『アツシ』の姿が過る。
「ヤバそうならさ、その練習試合、休んじゃえばいいじゃん?」
 しまった。あのシーンを思い出しちゃったから、「彼に怪我して欲しくない」って気持ちが全面的に出てしまった。
(でもっ……俺と、ポジション競ってる奴がいて……1ゲームでも多く監督にアピールしないと……)
「選考に残れる可能性が低くなっちゃうとか?」
(ぶっちゃけ、それは大丈夫な気もするんっす……でも、念のために出ときたい……的な?)
「だから、怪我しちゃうんだ……って、いや、もしだよ?もし、いま怪我しちゃったらさ、大変じゃん!」
 うっかり全部言っちゃいそうになって、慌ててどうにか誤魔化した。ってか、普通だったら誤魔化しきれてないかもだけど。この人は全然気付いてない。
 それは、良かったんだか、悪かったんだか……
(まぁ……でも、すげー痛いとかじゃないし。今までも大きな怪我とかしたことないし!)
「いやいや。何を仰る。後悔先に立たずだよ?」
 あーこの方、すっごいあれだ。優柔不断な人なんだ。
 もうお手上げかもしれない……さあ、どうしたもんか? 
 だって、あんなに小さい頃からサッカー漬けの毎日でさ、モテそうなのに”アオハル”はサッカーに捧げてたんだよ?さっき見た感じでは、この怪我がきっかけでサッカー選手を諦めて、今はサラリーマンになったんじゃないかな?って思っちゃう。あの『アツシ』って友達も、怪我した時わかりやすく落ちてたし。お節介かもしれない……ああ、でも、出場するの止めれたら、もしかして良い方に行くんじゃないか?っていう期待が溢れて止まらない。
 いっそのこともう、全部ぜんぶ事細かに彼に説明しちゃいたい……

「今日は、試合に出ずに休むのじゃ」

 散々考えたあげく、私はできる限り厳かな口調にシフトチェンジした。
(はぁ……?なんで急にキャラ変してみたんっすか?しかもなんで、じーちゃん?)
「くっ……神様の言うことなら聞くかと思って」
(あー、神サマだったんすね。ってか実際、神サマってそんな感じなんっすかね?俺、天使にも神サマにも会ったことないから、伝わらないっすよ?)
「もうっ!じゃあ、誰の言うことなら聞くのさ?」 
 私だって、神様にも天使にも会ったことないけど。その雰囲気って暗黙でみんなが知ってるじゃん?しかもなんで急に冷めたの?可愛くないなあ。
 思いの外のってきてくれなかった彼に、私は若干イラっとしていた。
「もうさ、とりあえず、今日はやめときな?」
(はぁ……)
 彼はもう言い返してもこない。やっぱりぽっと出の天の声じゃ、そう易々と決断は揺らがないってか?もう……ちょっと、心が折れそう。
 私がそうやって半ば諦めかけた時、「そろそろ行こーぜ〜」という呑気な声がロッカールームに響く。

 その声のする方をみなくとも、私たちには誰が来たのかがわかっていた。

…………
……

 入り口からひょこっと顔を覗かせた後、何やらごきげんなアツシが、手足をクネクネとさせながら近づいて来る。
「あんだようっ。シンゴってば暗いじゃん?」
 アツシはいつも通りのニヤケ顔で覗きこんできた、アツシはそのまま鼻の頭に「ふっ」と息をかけてくる。
「っちょ、やめろって」
 カラダを捩りながら嫌がるその態度とは裏腹に、頬が緩んでいくのを感じた。
 こいつなら説得できるんじゃない?って一瞬期待したけど……残念なことに、私は彼を「乗っ取ってる」わけじゃないから。『私』が『シンゴ』として、意のままに喋ることはできなかった。
 ってか、この経緯を最初から説明した所で、すぐに信じてもらえるような話でもないし。一方、彼はというと、どうやらこの状況を処理中らしく、ちょっとフリーズしかかっている。
「何か……やばいモノでも見ちゃった?」
 それはふざけた口調だったけど、アツシはシンゴのことを本気で心配しているように見える。
「アツシってば察しが良いんだね!あっ、そうだ。アツシに相談してみなよ?」
 私は……もうこの際、一切合切を『アツシ』に丸投げすることにした。
(だって、嫌な予感がするから今日の試合に出たくねえ……なんて、アツシに言えるわけねーだろ?)
 追い詰められてるせいか、キレ気味に言われてちょっと悲しくなる。責任はすでに放棄したとはいえ、私だってこれでも心配してるわけだし。
(あっ、ごめん……)
 もしかして私の感情が流れ込んでしまったのだろうか?彼は私に向かってそう呟くと、またガックリと項垂れてしまった。
「あーっ!!!もーーーーっ!なにグジグジしてんだよっ?何かあるなら話せよ?」
 アツシから見れば、彼はここまでずっと黙りこくったままだった。そんで、とうとう今、シビレをきらしちゃったみたい。
「あっ……ごめっ……なんか、急に色々言われてて……ってか、頭の中で喋ってる奴がいて……」
 彼は、目の前にいるアツシの存在をやっと思い出したみたいだった。しかも久々に声を出したせいで、その声は引くほど擦れてる。
(違うって!!その説明じゃないよっ!アツシに相談するんなら、足のことを言いなさいっ!)
「あ、そか……あんね、俺、今日の試合出るか悩んでて……」
 慌てて注意してみたものの、彼は頭の中で考えている事を、言葉にするのが恐ろしく下手らしい。なんだか絶妙に伝わらない感じに、話をまた端折っている。
「ん……?頭の中で喋ってる奴がいるから?今日の試合に出たくないのか?」
「いや、試合は……違う。右足にちょい違和感?みたいのがあって……んで、嫌な予感?がする気もするんだけど。まあ、たぶん気のせいだし。今日休むとさ、予選のスタメン……賢介けんすけかもしれねーじゃん?」
「あー、なる。おめーの勘なんて当てになんねーけど……まあ、グジグジ悩んでる時はろくな事起きないからな……で、右足は?どんな感じなんだよ?」
「違和感だけだから、ホント、大丈夫だって」
「だからっ!どんな違和感なのか言ってみろって言ってんの!!」
 何故かアツシが急に叫んだ。このカラダも、私の意識も、反射的にビクッとなる。
「っごめん。右膝……が、ハマりきってないっていうか……しっくりこないって感じ。でもでも、俺らいつもそこら中痛いじゃん?それに、アツシと話してたら、なんかもう平気になった気がするし、まじで。あー、ごめんごめん。下手に心配かけて悪かったよ。ほらっ、そろそろ行かなきゃ、ガチでやばい……」
 アツシに話を聞いてもらっただけで、その不安は拭われてしまったのだろうか?
 彼は「気のせいだから大丈夫」という結論を採用することにしたみたい。あーもう、全然「大丈夫」じゃないんですけど……
「……待てよ」
 彼の説明を黙って聞いていたアツシは、低い声でそうとだけ言うと、この両肩に全体重をのせてきた。
「なんだよ?」
 やっと決心がついたというのに、その途端に制止されたような格好になった彼の眉間には力が入り、感情に任せてアツシを睨みつけている。
 でも、その先にあったアツシの表情が信じられない位に険しかったから……私たちは一緒になって息をのんだ。
「やっぱ……俺もだるい気がしてきた。よしっ、今日の練習試合、俺も一緒に休むわ」 
 しかし、空気が張りつめたのは一瞬だけで、そう言ったアツシはもう、いつもと同じようにニヤついていた。
(……見間違いかな?)
 私も今まさにそう思ってた。
「そうと決まれば、早めに監督のとこ行かねーと」
 呆気に取られているまま、アツシにグイっと引っ張られて立ち上がる。驚いていたのはきっと私だけじゃない。彼自身だってびっくりしてると思う。だってこのカラダは、口を閉じるという行為を忘れたまんまだ。


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#創作大賞2023

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