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【短編小説】ソフトクリーム・ラヴァーズ

コーンの先っちょに溶けたソフトクリームが溜まっている。私の体温でジワリジワリとゆっくりと溶けていくそれは、自分の手だけでは止められないチキュウオンダンカーとかカンキョウハカイーと呼ばれるものの縮図のように思えた。

すでに湿り始めたコーンの内側できっと溶けたソフトクリームが滴って溜まっていることだろう。ああ、なんて自分は非力なんだ。私は目の前のソフトクリームさえ救えないというのか。これでは地球なんて到底救えそうもない。
どうか許してくれ、せめてこの天寿を捧げるから私が生きている間はなんとか持ち堪えてくれ。

その願いも虚しく、ソフトクリームも氷河も止まるところを知らず、ただシトシトと形を崩して流れていくのであった。

「あーあ」

半ば諦めかけた時、いつもあの日を思い出す。

代々木公園にほど近いところに「ヤムパ」というソフトクリームの移動販売車が停まっている。この8月のクソ暑い中でも特にクソ暑い今日みたいな日は、人々はソフトクリームを食べるという対処療法ではなく、外に出ないという原因療法の策をとっているらしく、私以外に客らしい人は見えなかった。

そもそも何で私がこんなところにいるのかと言うと、就職活動の一環で地元の名古屋からワザワザ東京まで来たはいいが、思いの外面接が早くに終わってしまい、次の面接までの時間が空いてしまって、ここまでフラリフラリと何かに引き寄せられるように辿り着いたというわけだ。

今思えば面接官終始笑ってなかったなー、とかなんか30分くらいしか面接してないよね、きっと落ちたわーなんて考えごとをして歩いていた時に、例の「ヤムパ」の店員に声をかけられたのだった。

「ヘイ、そこのオネエチャン! こんなにクソ暑いときにはソフトクリームなんていかが? 次の面接は成功させるためにも糖分補給大事!」

糖分の権化というか、まるで金平糖のような頭髪をした色黒の男性にまるで心を見透かされているかのようでギョッとしていると、いつの間にかレジ前にいる自分に気付く。あーたしかに糖分必要だよなー、なんて暑さで頭がヤられてるとしか思えなかったが、とにかく涼みたかったのも確かだった。

あまりにもお客さんが来なかったのか、サービスしとくねーん♪ と慣れた手つきでグルグルとソフトクリームを巻いていく。いやちょっと、どう考えても私一人で食べるには多いぞ。想像していた3倍はある。なんなら、この暑さのせいで渡された側からもう溶け始めてしまっているし、持ち手のコーンはソフトクリームの侵攻にその威厳が崩れ落ちてしまいそうだった。

私はもうそれはそれはソフトクリーム必死に舐めることに徹するほかない。セミも鳴かないくらいクソ暑い代々木公園で一人、就活惨敗者が自分の顔ほどもあるソフトクリームを、これ悲しきとも嬉しきともとれる表情で、ただただジットリと湿り死にゆくコーンを舌で救おうとヤケになっているのだ。

いよいよ汗が噴き出るぞという時にちょうど目についたベンチに座ってみたはいいものの、いかんせん今にも燃えそうなほどに熱された金具にスカートごしの太ももが当たって思わず声が出る。見た目は木製のくせに、座る場所に止め金があるなんてなにかの陰謀としか思えなかった。

その時だ、ふと目の前に溶けかけた白い塊が落ちているのが見えた。私の手にはフニャフニャになったコーンがひとつ。

なんてことだ! こんなことがあっていいものか! 名古屋から2時間半もかけてきたと言うのにこのザマ! ソフトクリームひとつ満足に食べられないと言うのならいっそここで一ーー

「あら、これ落としたのお嬢ちゃんかい?」

あまりにも悔しくてコーンを叩きつけようとしていたところだった。いやまさか、平日の昼間このクソみたいな暑さの中で私の他に外に出歩く物好きがいたとは。キッと声のかけられた方を睨みつけると、そこには凪いだ湖のような透き通るブルーの開襟シャツに、白髪と白髭を綺麗に整えた年配の男性がいた。

「どうやらそのようだね、これをやるから泣くのをやめなさい」

深い笑い皺に沿って柔和な表情を向けながら男性は私の人知れず流れる涙を白いハンケチで優しく拭いた。そのまま持っていたソフトクリームを私に差し出す。

「買ったはいいんだけど、なんだかお腹が痛くなってしまってね。ちょうどよかった」

なんだか男性の優しさと自分の不甲斐なさでまた涙がこぼれそうになったけれど、ここまで言わせてしまっては断るのもなんだか失礼な気がする。

「大丈夫、一口も食べてないよ」

大きさも形も申し分ない理想のソフトクリーム。それを受け取った時に触れた男性の脈の浮き出た手に触れた時、ちょっと冷たかった。

「ちょうど君くらいの孫がいるんだよ。就活が始まったとか言ってたかな。君もがんばってね」

そういうと彼は立ち去りながらこれまた眩しい笑顔で親指を立てた。私は貰ったソフトクリームと、フニャフニャのコーンで両手が塞がってしまっていたから大きく頷くことしかできなかったけれど、

「ごちそうさまです!」

そう彼の背中に向かってお礼をいうと、振り返ることなく手を振るのであった。彼のシャツが青空と溶けていくのを見届けながら貰ったソフトクリームを一口食べた。

すでに溶けかかってるそれは、どうにも止めることができそうになかった。

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