ここ二週間
新学期となり通信制大学といえども、インカレサークルなどで睡眠に問題が出るほど忙しかった。東大座禅部と座禅堂でお泊まりして文化人類学学生と友人になったり、早稲田探検部の部員を関野吉晴先生のところに連れて行ったり、窯のレンガの骨材である水酸化アルミニウムをアルミ缶で作る下準備をしたり、これをつくる薬液の準備として薬品の調合を間違えて電気窯のレンガをとかし修理費を払ったり、放送大学の学芸員の中間試験を終えたり…とにかく内容の濃い二週間だった。おととい明け方、末期がんの叔父がなくなり、まだ「出家」の予備段階で「僧籍」をとっていないけど私は枕経の準備ができないまましょうがなく病院へ駆けつけた両親のLINEへ「空」、「縁起」、天親菩薩と・雲鸞『浄土論注』「回向」を噛み砕いた文章を送って危篤の叔父に読み聞かせてもらった。ある近代化により宗教法人や仏教の生命倫理と教学の価値がゆらぐ現代タイのあるタイ人芸術家と似たことをやってしまった。とても疲れた。疲労ゆえに吐き気や喉のつっかえが止まらず、PTSDの過覚醒に苛まれ、薬を飲み休んでいる。
この数年は叔父の弟である父のことが心配である。なぜなら父は従兄妹の遺産相続などを任されておりかつ精神科医ゆえにストレスを溜め込みやすく、前回の祖父と父の指導教官の死別で判断力が落ちて私のタイでの実地調査がめちゃくちゃになってしまった。その後も数年前に父は反社会的な美大生にマインドコントロールされてていた。私が障害者であるがために他の医療福祉職員に助けられ、父の洗脳を解いてもらった。今後の話として私はクレット島のボランティアをやっている方が吉本芸人で、そもそもジミー大西監修の自伝ドラマのように吉本興行には医療福祉につながったことのない精神・知的・発達障害の傾向がある方、教育に恵まれなかった方が多く、前の美大の沙汰と同じことが起きるのは避けたい。博物館経営論で学んだことに従えば私が契約書を作れば回避できるかもしれない。
叔父が他界したけど、原始仏教のしきたりに従い死別に対して感情的にならず修行として「而今」にいたって日常のこの瞬間にすべきことを果たすことにした。叔父がそもそも学生運動で学生らしいことができなかった。ならば叔父への回向とは、学生生活を謳歌し社会奉仕することであろう。早稲田探検部でのすっぽん鍋会食を楽しんだ。初めてスッポンをたべた。皮が葛切りのようで肉は鶏肉だった。年齢層の幅が広いのでやたらと塩味が薄かった。新歓のため自己紹介がありクレット島での活動を話した。何人か興味を持っていただいた。友は類を呼ぶというのでしょうか?人生の価値に重く悩み苦しむ学生とは話が合う傾向がある。元カノもそんな人だったし、日本人、ミャンマー人、タイ人に限らずこのような異性にもモテる。臨床宗教師を目指して医師になった祖父が芸者の家庭生まれで女性の人権問題と向き合あい人生に深く悩み苦しんでいる祖母と結婚したそうで、祖父譲りなのかもしれない。
このあと東京島嶼部のサバイバル合宿があったが叔父の葬儀を理由に休まさせていただいた。合宿期間中は私は5月の連休であり長野で両親と100歳になる祖母と窯の組み立てで忙しくなる。
人生をよりよく生きるとは「而今」をこなすことである。しかし今にポジションを置いた時、因果関係の「因」でという位置付けであり、ゆくゆくは「果」=「因」となるがこれの「果」を逆算するべきである。逆算とはビジョンを夢想し、これの実現に向けた計画を立てることである。遠いい未来に必ず実現したいことを最優先にし次に年単位で実現するべきことを考え、今年やるべきことを考え、月単位、週単位を考える。この思考法により生活習慣を見直せられる。
例えば私の場合、私の自己実現とはタイに渡り浄土往生として学芸員活動による生物多様性の体現である。さすれば進路指導僧の裁量となる「出家得度」を別としてタイ語と学芸員資格は必需となる。「長期分散自己投資」といえ、生活習慣としてやらなければならないことである。確実なのはタイ留学の前に窯用建材である木節粘土をレンガに加工して、工房である両親のクリニックを片付ける。タイ語学校に通学し復習を欠かさずやる習慣、学芸員資格の試験プリント制作の習慣をつけることである。
ではどのようにやるのが理想かを夢想する、窯の作業で電動製粉機を買えば時間が空くのでその合間に試験プリントをこなしていきたい。あるいは座禅部では各々を選考する学生が教科書を持ち寄り話し合う。そこでアウトプットができたらよい。タイ語学校へ行った後はモン料理屋で食事し在日モンとの交流を作る。
私の致命的な短所であるが集団をリードして市民活動をしたいとおもっている。そのためにひとまずインカレサークルに出入りしている。意図的に他人の心を変えることはできないしできたとしてもそれは洗脳であり犯罪である。他力に身を任せて、目の前のなすべきことをすることで良い人々に出会えることをただ信じるのみ。けど本音では窯を組み立てる仲間、文化財のクラウドファンドを行いたい。仲間を募集し、これらを行うには自分が大きく根を張る大木にならなければならない。孤独との戦いであり仲間を集めるプロセスまでは非常に時間がかかる