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バーキーと呼ばれた私 ~24.結末~

 一週間後、カオリは郊外にある大きなーパーの駐車場にいた。一人の男と待ち合わせをしている。
 
 現れたのはクリスだった。

『色々ありがとう。もう少ししたら家に帰るよ』
「そうなんだ。良かった!」
『でもクリスとは一緒になれない』
「え?」
『やっぱり無理。クリスとは付き合えない。ごめんね』
「え、そんな。俺が今までした事はなんだったの?」
『クリスには本当感謝してる。本当に、本当にありがとう!』
「だったら一緒になろうよ」
『無理。ゴメン、マジで無理』
「じゃあお金返してよ!カオリに今まで百万くらい使ったよ!」
『じゃあハイ、お金』

 カオリは銀行の封筒に入った万札の束を渡した。150万入ってる。事前にアコムとアイフルから借り入れをしていた。2社で計200万引っ張った。ピンサロの店長にお願いしたらダミーの職場で勤務先証明をやってくれてた。それと2社同時に申し込むと沢山借りやすいという事も教えてもらった。(良い子は真似しちゃ駄目です)

「う・・う・・・」
『じゃあね。今まで本当にありがとう!』

 カオリはギュッと強目のハグをして、最後のお別れをした。




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 クリスと別れた後、カオリはセイヤの家へ戻った。自分の荷物をひととおり鞄に詰めた後、セイヤにメールを送った。

『なんか子どもの体調がかなり悪いんだって。家から電話きた。だから、少しの間家に戻るね』
「あー全然いいよー、落ち着いたらまた来てねー」

 一切の疑いもないサラリとした返事。カオリは合鍵をポストに入れて、セイヤの家を出た。帰り道、docomoショップで携帯を解約した。




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 携帯を解約する前にやる事がある。カオリはヨウスケに電話した。

『もしもし、ヨウスケ?カオリだけど』
「もしもし!どうしたの?」
『今からお家帰るよ』
「そうなんだー!良かったー!」
『良かったじゃねぇよ!お前、児童相談所に通報したろ?』
「あ、いや、それは・・・」
『お母さんメッチャ怒ってたよ!アンナも!二度と私達の前に近づけないで!この腐れマジメ野郎が!』

 それからヨウスケとは会うことも話すこともなかった。





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 考えに考え抜いたカオリは、結局誰のところへもいかず、家族の元へ帰る決意をした。本当はクリスと一緒になろうか悩んだ。だが、アンナの言葉を聞いて、ずっと考え事をしていると、どうでもよくなってきた。男に振り回されてる自分が馬鹿らしくなった。

 そして半年ぶりに家族が住む家へ帰る事となった。今まで自分がした事は許される事ではない。もしかしたら帰れないかもしれない。でも自分には家族しかいない。一度は捨てた家族。もうこの身を家族に捧げる事をカオリは決意した。遅すぎる決意だった。





 
 

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 カオリは家のチャイムを鳴らした。平日の昼間。子ども達は学校に行っている。母には事前に連絡してる。子ども達が居ない時間に話したいと。

『ただいま』
「どこほっつき歩いてたの!アンタ!子ども置き去りにして!」
『お母さん・・』
「何!」
『歩華達の面倒見てくれてありがとう』
「ふん!当たり前じゃないの!可愛い孫だもの!でももう無理よ!」
『その事なんだけどさ、子ども達を連れて家を出ようと思って。これからは三人で暮らそうと思ってるの。お母さんにはもうこれ以上迷惑かけない』


 カオリはいつも母と何かしら些細なことで喧嘩してしまう。喧嘩しては家を飛び出す。だから母がいなければストレスは溜まらない。子ども達がウルさかったり言うこと聞かないのはまだ我慢できる。でも、それに追い討ちをかけるように母に攻撃されたら、爆発してしまう。ならば居ないとこに行けばいい。カオリは自分なりの結論を出した。

「はぁ?バカじゃないの!アンタ一人で育てられるわけ無いでしょ!」
『お母さんにはもう迷惑かけたくないの。それにさ、お母さんは私が何やっても認めてくれないでしょ?どんなに頑張っても。そりゃ、今までやらかしてるから分かるよ?でもさ、少しは認めて欲しいの。でも無理でしょ?同じ屋根の下にいたらどうしても口出ししたくなるでしょ?だから別で暮らしたいの。』
「そりゃアンタが駄目な事ばっかするから教えてあげてるんでしょ!てゆうかアンタ、一人でやってけんの?今まで遊んでたのに!子ども育てるだけでも大変なのに、しかも女手一人で二人の子も!アンタなんかが育てられるわけないじゃない!バカじゃないの!」
『バカなのわ分かってる!一人で育てられるかもわかんない。でもやっていく!駄目だったら手伝って』
「ほらまた、アンタは・・・」

 それから小一時間ばかり説教されたが、なんとか三人で住むことを了承してもらった。もし無理だったら、今度こそ児童養護施設に預けると。


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しばらくすると、子ども達が帰ってきた。

「ママー!」

 すぐに智哉が飛びついてきた。
 
「ママ・・・うえぇぇん!!!」
 
 智哉は言葉にならない声を出して泣きじゃくった。カオリの目尻が熱くなってきた。そして、そばで歩華が怖い顔をしてカオリをジッと睨みつける。

『あゆ…ゴメンね』
「どこいってたの!」
『ちょっと仕事で・・・でも、仕事も変えるから、これけらはもうどこにも行かないよ・・
「嘘つき!また居なくなるんでしょ!」
『もうどこにも行かない!これからはずっと、ずーっと一緒だよ。あゆ、おいで』

 決壊したダムの様に、カオリの目から大量の涙が流れた。歩華は黙って立ち尽くしていた。そして、たまらず泣きながら抱きついてきた。

「もう!どこにも行かないで!」

 カオリは大声で嗚咽(おえつ)しながら泣いた。親子三人で泣きじゃくる。母はそれを見て眼鏡を外して手のひらで目を覆っていた。







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 それからカオリは抜き屋を辞めて、食堂で働き出した。新居は実家から歩いて10分ほどの築三十年のアパートだった。食堂の給料と母子手当じゃこれくらいが限界。消費者金融の返済もあるので生活は大変だった。でも、カオリは全く苦痛じゃなかった。家にうるさい人がいない生活は格別だった。だが、母には何かと家の事をフォローしてもらっていた。

 カオリは生まれ変わったかのように、一人の母として子ども達に尽くした。それまでの愚行が嘘だったかのように。しかし、彼女の中では何も変わっていなかった。別に更生などしていない。ただ、自分を一番必要とし、愛してくれてる人達のそばにいる事が一番の幸せだという事がようやく分かった。体目当てで偽りの愛を囁く男より、綺麗事ばっか言う男より、独占欲が強い男より、どんな男達よりも、子ども達がカオリを愛する心の方が何倍も強いという事が、やっと分かった。

 それに気づくまで遅かった。ただ、普通だったら罪を犯したり、あるいは精神を壊すまでは気づけない。クリスにヨウスケ、そしてアンナ。カオリの小さな脳みその隅っこにこびりついた皆んなの優しさが、それを気づかせてくれた。こんなカオリにも本気で向き合ってくれた人達がいる。いつの間にかカオリの中の"火種"はただの石ころに変わっていた。












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 それから十三年の月日が流れた。
 歩華ももう今年で21歳。親に似て勉強は得意ではなかったが、専門学校を卒業し、今は美容師見習いとして一生懸命つとめている。歩華は異様に男性を毛嫌いした。薄々感づいてるかもしれない、家に居なかった時の母の愚行を。そのせいか歩華は今まで男の影はない。しかし、少し前に真面目そうな眼鏡男子がビックスクーターで迎えに来ていたのを、カオリは見逃さなかった。

 智哉はグレていた時期もあったが、遅れて入った高校にマジメに通っている。卒業したら消防隊員になりたいと言い、一生懸命身体を鍛えている。困っている人を助ける仕事をしたいと。

 カオリ達は久々に家族三人で外食した。初任給が出たので、歩華がは馳走してくれると言ってくれた。我が子の成長に、カオリは心から喜びを感じたいた。そして心の中で語りかけた。

 
 ──あゆ、今日はありがとう。
 今まで迷惑かけてごめんね。
 絶対にイイ男見つかると思うよ。
 イイ人いたら紹介してね。
 大丈夫、手は出さないから。
 でも、どんなに寂しくても、お母さんみたいに
 変な男に簡単について行ったらダメだよ。
 寂しかったらお母さんが抱きしめてあげる。
 ウザいって言われても抱きしめる。
 変な男に引っかからないように、強く、強く。
 私が母に抱きしめてもらえなかった分
 何倍も強く抱きしめてあげる。








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 そして、季節は変わり6月になった。


雲行きが怪しくなってきたと思ったら雨が降り出した。
もう梅雨だ。梅雨がやってくるたびに昔の事を思い出す。
湿った空気の匂いがするあの日。

私が"バーキー"と呼ばれるようになった、あの日─




 でも、カオリは今幸せに生きている。



(終わり)


にふぇーでーびる!このお金は大切に使います!