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リスク社会と「やってる感」

地元に帰省して近所を散歩していると、パチンコ屋の駐車場入り口に、電光掲示で「車内放置は虐待です」みたいな文言が流れていた。

たしかに、この夏の暑さでは、改めてそのような注意喚起が必要かもしれない。

その一方で、いくら入り口に掲示しているとはいえ、車を運転していたらそんな表示は目に入っても見えていないようなもので、その内容は風景の一部として、図と地でいえば地に退いている。実際に子どもを乗せているパパ・ママはああいう表示をいちいち目に留めないだろうし、そうだとすると、あれにはどれほどの意味があるのだろうかと。

そんなことを頭の片隅でぼんやり考えながら家に着くと、今度は、テレビでアナウンサーが深刻そうな顔をして「命を守る行動を!」と、近畿地方を直撃している台風7号の脅威を必死に訴えていた。

大変おせっかいな話だ。

なんというか、この二つの事例から思うのは、当のメッセージを発している側は、そこにちゃんとした意味があるとか、それで一人でも多くの命を救いたいなどと真剣に考えているのではなくて、

あとで責任を追及されたくなくて、そんな呼びかけを行っているのではないかと考えてしまう。「いちおう自分たちは注意喚起しておきましたよ」。いわゆる「やってる感」が満たされているだけではないかと邪推してしまうのだ。

でも、ふつうに考えて、である。

子どもを車に放置して死なせたらそれは親の責任だし、台風で人が死んだらそれは単純に台風のせい(あるいは運のせい)である。

決して、パチンコ屋の監督不行きでもないし、テレビの注意喚起が足りなかったせいでもない。

しかし、いつからか、この社会は、人間がコントロールしきれない領域にまで人間の責任を問うようになった。


何年か前、滋賀の大津で園児が道を横断中に車にはねられて死亡したという痛ましい事故があったが、

そのときも、新聞をはじめとするメディア各社は、引率の先生の管理が甘かったのではとか、ガードレールが設置されていなかったからではなどと、「もし万全の状態が整っていたら事故は防げていただろうに」という反実仮想を武器化して、たたでさえ事件に忙殺され心痛に悩む関係者を肩身の狭い思いにさせた。

もちろん、事故をただの事故で済ませてはいけない。

しかし、いくら事故を起こした当事者を責めるのがあまりに当たり前すぎるからといって、ちょっとでも突けるところはないだろうかと、やたら屁理屈をつけて事故を社会問題化する手際には、いくぶん倫理性が欠けているのではないか、と当時傍観者ながら違和感を抱いたことを思い出す。


現代社会論という観点からしても、こういった、「生きていく以上さすがにそこまでは管理しきれないもの」にも責任を問いだすから、いつまでも仕事が減らないんだと思う。

とくにテレビなどマスコミには、バランスを逸した、半分嫌がらせのようなクレームやバッシングが連日届いていることだろう。もちろんそれらが民意を正当に代表するものだとはメディア人も本気では思っていない。

当然、それらを無視して平常運転でやっていくという選択もできた。

しかし、あるときからこの社会は、こういうバッシングの声を無視できなくなった。否、正確には、無視しないで取り合うことにした、のである。

そういう逸脱的な声にいちいち寄り添って耳を傾けていれば、なんとなく仕事をした気になれるからである。

やるべき仕事がなくて暇してるよりは、なんでも取り上げられるものは取り上げて、トリヴィアルなことでも大きく騒いで仕事した気になっていられる方がよりマシな生き方であると、日本のサラリーマンはどこかで「合意」したのだ。

「生きていく以上さすがにそこまでは管理しきれないもの」に責任を問い、とはいえそんな責任を完全に負い切ることは不可能だから、とりあえず、再発防止のためにやることはやりましたよと真剣に爽やかな顔を作って報告しとく一連の仕事。これを、ブルシットジョブと呼ばずして何と呼ぶか。


最近は、AIの目覚ましい発展で、いよいよホワイトカラーの職が置き換えられるのではないかという危機感が一方では煽られ、他方では「いやいや、かつて90年代にインターネットが登場したときも、それは確かに一方では多くの仕事を奪ったものの、他方では新しい仕事もたくさん生み出して、結果的に人々が失業して路頭に迷うというような事態には至らなかった」という「冷静」な声があり、だからAI時代も、また新しい仕事が生み出されるから大丈夫!みたいな話になったりもするのだが、

ブルシットジョブという補助線を引くと、

結局、そうして新たに生み出された仕事は、こういう、ふつうに生きていたらどうしようもないリスクにお行儀良く寄り添って、中身のない対策を打ち出してやってる感を演出するだけのものばかりだったのではないか・・・いま一度、こんな問いを投げかけておく必要があると思う。

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